今月のCD/DVD選 ― 2009年07月23日 22時36分33秒
昨日の夕刊に発表されたCD/DVD選。今月は、3人ばらばらでした。広く選考が及ぶので、これもいいかと思います。
今月の国内DVDは再発が多いようでしたので、石丸電気に入荷していた輸入盤数点を購入。その1点、ガーディナー指揮、王立ストックホルム・フィルの演奏している「ノーベル賞コンサート2008」というのを1位にしました。ドヴォルザークの第7交響曲とモーツァルトのハ短調ミサ曲が演奏されているのですが、国王夫妻の臨席するセレブな雰囲気の中で、ガーディナーがたいへんな熱演。エリクソン室内合唱団にモンテヴェルディ合唱団のメンバーが入ったモーツァルトも生気みなぎる出来映えになっています。ソリストのアンサンブル感覚もすばらしく、スウェーデンの声楽水準の高さを痛感しました。
2位は、佐藤卓史さんのショパンのソナタ3曲(ライヴノーツ)。卓抜な構想力と響きの変化に富む、堂々たる演奏です。冒頭の第1番を聴いて、いいなあと思い、でもこの曲あまり聴かないな、と思って手元のCDを調べたら、第2番が44種類、第3番が46種類あるのに、第1番は1種類しかありません。それだけ演奏されない曲をこれだけ聴かせるのはすごい音楽力です。
3位は、オーストリアのメゾ、キルヒシュラーガーがドイッチュのピアノで録音したヴォルフの歌曲集にしました(ソニー)。ヴォルフの曲って、楽譜を見てもエキセントリックに感じることがよくあるのですが、この演奏は徹底して自然、かつチャーミング。ヴォルフ入門に、とてもいいと思います。ピアノと歌が引き立て合っているのも推奨点です。
6月のCD/DVD ― 2009年06月28日 22時57分24秒
《マタイ》の準備が進行しているさ中に、今月のCD選がめぐってきました。今月1位にしたのは、「シモン・ゴールドベルクの芸術」と題する、往年の名ヴァイオリニストの録音集成です(EMI)。戦前ベルリン・フィルのコンマスを務めていた世代の方なので1930年代から50年代にかけての録音が中心ですが、のちに日本に来られ、結婚もなさったということで、1991年に日本で録音というのも含まれています。
バッハとモーツァルトの協奏曲から聴き始めましたが、芸術への敬意と愛に満たされた高雅な演奏に引き込まれてしまいました。小作りで粋があるという特徴は、ベルカント・テノールなど当時の名人に共通する傾向です。それだけ戦後の演奏は、大柄に、外向きになったということですね。
2位はドゥダメル指揮、シモン・ボリバル・ユース・オケのザルツブルク・ライヴです(DVD、グラモフォン)。ベートーヴェンの三重協奏曲にアルゲリッチが出ているので、「アルゲリッチ&フレンズ」を外す代わりに入れようと思ったのが最初ですが、《展覧会の絵》やアンコールのヒナステラも圧倒的で、こちらだけでも充分。しなやかで熱っぽい、集中力抜群の演奏には、ベネズエラの若者たちの底知れぬエネルギーが渦巻いています。
3位には、有田正広指揮、東京バッハ・モーツァルト・オーケストラのライヴ(デノン)を入れました。モーツァルトのハ長調協奏曲におけるピート・クイケンの独奏が繊細で美しく、《ジュピター》の有機的な響きも、ピリオド楽器ならではです。
カウントダウン14--天使のピアノ ― 2009年05月31日 23時28分13秒
国立音大の最優秀卒業生のひとりで仲間のような形で交流させていただいている三好優美子さんが、CDを出されました。「天使のピアノ」というタイトルで、天使の装飾のある、古めかしいアップライト・ピアノが写真になっています。これ、滝之川学園という、日本最古の障害者施設に保存されている明治時代の、日本最古級のピアノなのだそうですね。修復して礼拝に使われているそうですが、同じ国立市に住んでいながら、あまり関心をもたずに来ました。
このピアノを使って、おなじみの小曲がたくさん収録されているというと、このピアノに思い入れのある人のための記録であるように、一見思えます。でもこの楽器、いい音がするのですね。物理的に考えると不思議なことですが、そのやわらかく心に染みいるような響きを聴いていると、どこか、この世のものとは思えない気持ちになります。
讃美歌から初めて、さまざまな小品の連なりを聴いていくうちに、このピアノを中心とした学園の愛の歴史が響いてくるような気がして、ある種の感動を覚えました。《乙女の祈り》なんて自分からは絶対に聴かない曲ですが、こういう曲が愛されてきたことが、自然に納得できるのです。見事な選曲であることが、聴いてみてわかりました。
三好さんは音楽的洞察力にすぐれた、基礎のしっかりした演奏家です。私は、いつも信頼しています。なお、カメラータから同じタイトルで、青柳いづみこさんが録音されたCDもリリースされています。言うまでもなく、こちらもすばらしい演奏の1枚です。
カウントダウン17--今月のCD/DVD選 ― 2009年05月28日 23時02分02秒
今日は新聞の取材を1件いただきました。ありがとうございます。
今月は、いつも以上に迷う、ベスト3の選考でした。そういうときにはなるべく日本人のいい演奏に目を向けたいと思うものですから、1位には、佐藤俊介のパガニーニ《24のカプリース》を選びました。これだけ精緻、端麗に演奏されると、パガニーニの無伴奏曲も、シンフォニーのように情報豊かです。ガット弦、歴史弓を使う探求心にも感心しました。
2位はハーディング指揮のモーツァルト《ドン・ジョヴァンニ》。2002年エクス音楽祭のライヴで、歌手がとても良く揃っています。日本でも紹介された簡素な舞台ですが、本質はよく抑えられていますし、ハーディングのハイ・テンポの指揮は爽快そのものです。
第3位は、佐渡裕がベルリン・ドイツ交響楽団と録音した《新世界》としました。みずみずしい感情があふれ、また思いの外しっかりと演奏もされていて、感動をもって耳を傾けました。見送ったもののなかにも、いいものがたくさんありました。メシアンのオペラ《アッシジの聖フランチェスコ》(DVD)も良かったのですが、むずかしい曲だけに、字幕があればと残念です。
ミケランジェリ ― 2009年04月25日 23時28分29秒
今月から、毎日新聞のCD推薦欄に、DVDが加わりました。まずCDから選び始め、ファビオ・ルイージ指揮、ドレスデン・シュターツカペレのシュトラウス・シリーズから、《アルプス交響曲》と《4つの最後の歌》を入れることを決定。《アルプス交響曲》は、かつては映画音楽などと言われましたが、とてもいい曲だと思います。アルプスの自然の描写力は卓越したものですし、登山と人生の重ね合わせには、いつも心に響くものを感じます。それ以上にこのCDでは、アニヤ・ハルテロスの歌う《4つの最後の歌》が、「広やかに幻想を湧き上がらせて」(←自分の引用)見事です。
これと、有田正広ご夫妻の「フリードリヒ大王の宮廷音楽」(浜松市楽器博物館の「クヴァンツ・フルート」を使ってもので、さすがの味わい)を決めた上で、DVDの選考に入りました。手持ちが少なかったので、立川のショップで購入。最後に残ったのが、ベネデッティ=ミケランジェリが1962年にイタリアの放送局で録画したライヴ「ミケランジェリRAI1962」でした。
ミケランジェリというピアニストにはもともとたいへん関心がありましたが、最晩年の実演の印象は、いいものではありませんでした。閉鎖的、という一語に尽きるように思われ、周囲からは、人間性を喪った演奏だ、という批判もきこえてきました。
で、久しぶりに、画面で全盛期のミケランジェリと対面。ベートーヴェン、ショパン、ドビュッシーがまとまったアルバムで、分売もされています(デノン)。
いや、すばらしかった。最初のベートーヴェンの最後のソナタは若干違和感がありましたが、あとは、ピアノの通念をはるかに超える名演奏が並んでいます。「信じがたいほどの透明な響きで本質のみを弾くことにより、すべての作品が、端正な古典へと高められてゆく」(引用)。ベートーヴェンの巻に収められたガルッピ、スカルラッティが最高だと思いますが、ショパンの、感傷をいっさい省いたアプローチからかえって引き出される高貴な悲しみにも心を打たれました。本当の芸術家だと思います。
作曲家の演奏 ― 2009年03月25日 23時53分39秒
私には、理にかなった演奏への好みがあります。ひとつひとつの音の意味が的確に捉えられ、しっかりした方向性をもって弾き表されている演奏に接すると、喜びと共感を覚えます。反面、そこがあいまいになったまま効果に走っている演奏には、不満を覚えることしばしばです。
こういう傾向ですと、自分が作曲をする人の演奏に、特別の敬意をもって耳を傾けることになります。野平一郎さんが、まさに好例です。こうした好みのしからしむるところだと思うのですが、毎日新聞の「今月のCD選」の1位には、高橋悠治さんの弾く冬のロンド/戸島美喜夫ピアノ曲集」(ALM)という1枚を選びました。
演奏されている7つのピアノ曲は、アジアなどの民俗的な素材をパラフレーズしたごく簡素な作風のものなのですが、音の意味を追究したクリエイティヴな演奏によって、たいへん興味深く聴くことができます。2位には、ピアノも名手だという若手ヴァイオリニストユリア・フィッシャーの、バッハ/ヴァイオリン協奏曲集を入れました。快活にはずむ演奏で、曲の良さを素直に出していると思います。
3位にしたラトル~ベルリン・フィルのラヴェル《子供と魔法》も傑出した演奏なのですが、ここまで来るとちょっとしたことに文句をいいたくなります。コジェナーの主役がまったく子供に聞こえない、というその1点です。
新譜が減っていることもあり、来月からDVDも含めることになりました。ちょうと本を書いていますから、好都合です。
今月のCDから ― 2009年02月20日 21時56分26秒
昨日の毎日新聞に、恒例のCDベスト3選が掲載されました。今月は選者3人の選が全部別々で、他の人の選ばれたものの中には、私の手元にないものも何点かありました。補い合った結果だと考えたいと思います。
私が1位にしたのは、アーノンクール指揮ウィーン・コンツェントゥス・ムジクスのハイドン《四季》(DHM)。ハイドンの音楽というといつでもはつらつとして若々しいように思いますが、この演奏はしみじみムード一杯で、老年の味わいがにじみ出る趣。思えば、ハイドンも、作詞者スヴィーテンも、指揮者アーノンクールも、すべて老年ですよね。その意味で、とくに《冬》を、深く聴くことができました。
第2位は対照的に、音楽の化身のような新人を選択。平野花子さんというハーピストで、早稲田大学在学中だそうです。冒頭のバッハ/パルティータ第1番でその的確な様式感に引き込まれ、フランス系の諸曲で優雅さを満喫しました。がんばってください(ライヴ・ノーツ)。第3位は、20絃箏の巨匠、吉村七重さんの「箏歌・蕪村五句」というCDです(カメラータ)。猿谷紀郎、湯浅譲二、西村朗氏らの作品が朗々と演奏されており、新しい表現世界の広がりを味わえます。
最近の好み? ― 2008年12月17日 22時43分15秒
今夜の夕刊(毎日新聞)に、今月のCD3選が出ていました。いつもちょっと、見るのが不安です。岩井宏之さん、梅津時比古さんと3人でやっているので、自分の選択に客観性があるかどうか、心配に思うからです。思えば変な感情ですね。右にならえよりも、自分だけの選考で目立たないものを知っていただくことが、3人制の趣旨でもあるでしょうから。
今月はペライアのベートーヴェン/ピアノ・ソナタ(9、10、12、15)を1位にしたのですが、これが、岩井さんの2位。2位にしたマインツ・バッハ合唱団のサン=サーンス《クリスマス・オラトリオ》他は、梅津さんの1位。3位にしたバティアシュヴィリのシベリウス/リントベルイのヴァイオリン協奏曲は、岩井さんの1位でした。できれば日本人のものを、といつも思っているのですが、最後まで考えて、今月は見送りました。
60代に入ったペライアの円熟は、すばらしいものです。が、これを1位にするところに、最近の私の好みが見えるのかも知れません。最近とみに、軽快な演奏、繊細な演奏、やさしい演奏が好きになってきているのです(ただし微温的な演奏は依然嫌いです)。ペライアがもうひとついいのは、ポリフォニー感覚がすごく生かされていて、日陰からたくさんの旋律や音型が拾い出され、命を与えられていること。新しい曲を聴くような印象にとらわれるところが、たくさんありました。感性が若々しいのですね。
音量第一主義は、以前にも増していやになりました。音楽は、量より質です。
誠実な取り組みの成果 ― 2008年09月17日 23時21分13秒
今月のCD選は、作業が北陸演奏旅行のちょうど前後となり、厳しい作業でした。しかしよいものも多く、最後まで候補としていたヘンゲルブロックのヘンデル/カルダーラ、イム・ドンヒョクの《ゴルトベルク変奏曲》を見送る結果になりました。
私は目立たないところいあるいいものをなるべく見逃さないようにしているつもりですが、今月はすばらしいものがあったのでご紹介します。辻裕久(テノール)、なかにしあかね(ピアノ)、海和伸子(ヴァイオリン)の3人による、ヴォーン・ウィリアムズの歌曲集(ALM)です。
2曲のイギリス民謡のあとに歌われる3つの歌曲集、《旅のうた》《牧場に沿って》《生命の家》に親しんでいる人は、おそらく少ないのではないでしょうか。私にとっても、知らない曲ばかりです。でもどれも、風格と味わいのある、じつにいい曲。そう思ってしみじみと聴き続けたのは、まちがいなく、演奏がいいからです。イギリスの自然や風土、人情がすっかり体得されるまで、よく勉強されています。訳詞しかり、解説しかり。辻、なかにしのお二人とも、留学時代から、フォーン・ウィリアムズをライフワークにされていたのですね。愛のある、誠実な取り組みに感銘しました。
これを第2位とし、1位にはアバド~ベルリン・フィルのベートーヴェン交響曲全集(DVDのCD化)を選びました。人間のあたたかさがほかほか立ちのぼるようなベートーヴェンで、スリムな室内楽志向が見えるのもベルリン・フィルとしては画期的です。
独学 ― 2008年07月13日 22時54分46秒
花岡千春さんが、清瀬保二(1900-81)のピアノ独奏曲の全曲(!)録音を発表されました。ベルウッドからの2枚組です。
ぽつりぽつりと抒情を語る趣のスケッチ風小品は、どの曲もごくごく簡素、木訥。こうした小品を味わい深く演奏し、どの曲からも独特の光を引き出す花岡さんの見識に脱帽します。
リーフレットの中に、「独学とは、自分が自分の作品の批評家にならなければならないことである」という清瀬の言葉が引用されていました。はっとする言葉でした。
私自身、音楽研究は独学だという意識をもってやってきました。こう書くと、すばらしい先生方の教えを受けながらなんということを言うか、というお叱りを受けそうですが、先生方から貴重な教えを受けたということと、私の独学意識は、抵触しません。むしろ、自分自身の力で進もうと悪戦苦闘するという前提が、尊敬する先生方との出会いを導いたと言えると思っています。独学であるがゆえの弱点も、自分としてはさまざまに意識していました。
なぜこんなことを書くのかというと、今の学生さんが、自分自身の力で徹底して考えることを、あまりしないように思えるからです。多くの大学が手取り足取りの親切な教育を標榜し、マンツーマンの指導を行うようになっている。そうなると、自分自身で極限まで詰める前に、先生のところにもっていって教えてもらおう、というスタンスになってしまうのではないでしょうか。
準備した論文草稿なり、翻訳なりを読んでいて、この人は本当にこれでいいと思って持ってきているのだろうか、と思うことがあります。やはり、自分の価値観で磨けるだけ磨き、その上で先生の判定を乞わないと、本当の力はつかないと思う。演奏でもそうですよね。自分の解釈ができていないうちにレッスンにもっていっても、先生の教えを本当には吸収できないと思います。
ですから私は、自分の弟子たちも、みんな基本的には独学していると思っているのです。心配性の方のために注釈。この項目は清瀬に触発されて書いたものであり、ここしばらくの論文指導への不満から書いたものではありません(笑)。
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