3月のCD選2015年04月02日 07時10分45秒

また遅れましたが、3月分です。私が選んだのは「グリーン~フランス歌曲集第2集」という、ワーナーの2枚組。カウンターテナーのフィリップ・ジャルスキーが歌っています。《月の光》《白い月》などヴェルレーヌの詩に、フォーレ、ドビュッシー、アーンら20人(!)の作曲家が付けた43曲のアルバムです。

というとマニアックに聞こえますが、入門用に、とてもわかりやすくできている。「選曲と配列がじつに見事で、世紀末フランス歌曲の魅力に酔う。夢幻、哀愁、アイロニーの入り混じる世界が心地よく、ほどよいエンタメ志向を交えて描かれてゆくのだ。ブックレットも丁寧に作られ、岩切正一郎氏の名訳がよきガイドとなる」(新聞より)というわけです。私、ヴェルレーヌの詩って好きなんですよね。

対抗馬として考えたのが、鈴木雅明指揮、バッハ・コレギウム・ジャパンによるモーツァルトの《レクイエム》でした。上記のCDと正反対で、厳しいたたずまいで襟を正させるという趣き。バッハの蓄積が生かされた、BCJ最近の名演奏です。

2月のCD選2015年03月06日 10時32分22秒

遅くなりました。2月のCD、特選盤に選んだのは、デイヴィッド・ジンマン指揮、トーンハレ管弦楽団のストラヴィンスキー《春の祭典》(ソニー)です。

ロトのピリオド現代楽器による録音(面白い!)などでふたたび脚光を浴びている《春の祭典》ですが、このCD(BSCD2方式の録音で、音がいい!)には、1913年の有名な初演に用いられた自筆譜稿(世界初録音だそうです)と1967年の決定稿が、両者を比較するプレレクチャーとともに収められています。

違いも興味深いですが、劣らぬ長所は、やっている演奏者たちがその過程で《春の祭典》の勘どころを習得し、意識するようになっていること。結果として演奏が、見通しの利いた、とてもわかりやすいものになっています。この作品の入門にもいいのではないでしょうか。

対抗盤として考えたのは、小澤征爾指揮、水戸室内管弦楽団によるベートーヴェンの第4・第7交響曲(デッカ)。じつにオーソドックスで、若々しい覇気に驚かされるベートーヴェンです。とくに第4番がすばらしく、小澤さんに老年はないんだなあと感じ入りました。映像なしでの印象です。

真逆の熟した味わいを楽しんだのが、ネルソン・フレイレのショパン(デッカ)でした。ただし第2番のコンチェルトは、やはり若者の音楽かもしれないと思いました。

新聞では、ティーレマン指揮、ドレスデン・シュターツカペレのコンサートの批評を出しました。すばらしい演奏、ただし《英雄の生涯》にはアイロニーが欲しい、という論旨です。今月は、ヤノフスキ指揮のベルリン放送響をやります。

今月の特選盤2015年01月22日 23時29分30秒

毎月、手元に集まったCDを少しずつ聴いていくわけですが、おやこれいいな、と思わずジャケットを見直すCDがたまにあります。「行きずりに見つけた野の花」のようなイメージでしょうか。

そんな嬉しいCDを、今月は推薦することにしました。それは、ショーソンのピアノ四重奏曲。演奏はアンサンブル・モンソロで、マーラーの四重奏曲とカップリングされています(キングインターナショナル)。パリ音楽院で学んだ若い方々(ヴァイオリンは本田早美花さん)による演奏ですが、曲は詩情にあふれて美しいし、演奏がともかく、よどみなくて爽やか。心が洗われます。

話は変わりますが、先頃、フルトヴェングラー指揮による往年の録音が、リマスター・シリーズで再発(分売)されました。たしかに(曲にもよりますが)、見違えるように聴きやすい音になっています。マスターテープだって古いだろうに、不思議ですね。

年末年始に、それを少しずつ聴きました。いや、すばらしいです。若い頃から好きで聴いていましたが、いま聴くと、その特徴がよくわかります。ひとつは、深い情感のこもった、その音作り。もうひとつは、作品の高みを心をこめて振り仰ぐ、彼の言葉を借りれば「畏敬」の念。人間が身を低くするところにすばらしい芸術が生まれることを、それはよく示していると考えます。

今月のCD2014年12月20日 06時40分37秒

気候不順ですね。お困りの方もおられることでしょう。私も正念場消化中で、とても疲れていますので、寒さや雨に見舞われると、自分が「冬の旅」という感じです。今日の「たのくら」とモーツァルト講演、明日の須坂をこなし、月曜日の授業が終われば一息付けます。

N市のNさんのお誘いで、パドモア+ルイスの《冬の旅》に出かけたのが、5日のことでした(王子ホール)。これを、《冬の旅》モードに切り替えるきっかけとしました。ご両人のCDは《美しい水車屋の娘》に進んできましたので、今月のCD欄に取り上げました。次のように書きました。引用です。

「《冬の旅》に続く三大歌曲集第2弾。大バッハ歌手パドモアの、誰も真似のできぬ独創的シューベルトだ。本来テノールのための歌曲集を、パドモアはまさにふさわしい繊細な声で、羽のように軽く、時には切り裂くような鋭さで歌ってゆく。いや、語ってゆく、というべきかもしれない。フレーズへの耽溺はなく、言葉がいかにもシリアスに迫ってくるからだ。もう一歩ロマンがあっても、と時に思うのは、おそらく平凡な聴き手の甘さか。ルイスのピアノは骨太の支えで立派だが、この声にはやはり歴史楽器の響きが欲しくなる。」

今月のCD2014年11月23日 08時12分00秒

ハイドンの再評価が必要だなあ、とよく思う昨今。折しも鈴木秀美さん指揮するオーケストラ・リベラ・クラシカが、交響曲第67番ヘ長調の新譜を出しました(2013ライヴ、アルテ・デラルコ)。

67番と言ってあああの曲、と思われる方は少ないでしょう。もちろん私もダメです。すなわちワン・オブ・ゼム(ハイドンの場合、このゼムが多い)ということになると思いますが、鳴らしたとたんに流れ出た音楽の個性と生命力に、びっくりしました。明るく、人なつこく、ユーモラス。こんな風に演奏できるのはさすがに鈴木秀美さんで、ハイドンの真髄を突いていると思います。

同CD次に入っているのが、佐藤俊介さんをソロにしたモーツァルトのヴァイオリン協奏曲第1番。一般に、ほとんど注目されない作品だと思います。それが、じつに面白い。「後からの目」から見るとどうしても第1番は「まだまだ」と考えてしまいますが、「(歴史の)前からの目」で見ると、この創意はさすがだ、ということになる。その、古楽ならではの「前の目」で、第1番の魅力が解き明かされています。クリエイティブな演奏と言えば、その一語です。最後に納められたベートーヴェンの第4交響曲は、もちろんいいですけど、演奏として、まだ先があるように思いました。

競争相手はいろいろありましたが、新聞では、コンチェルト・ケルンがカルミニョーラをソロに迎えたバッハのヴァイオリン協奏曲集(アルヒーフ)に言及しました。芯のぴしりと通った演奏が心地よかったので。

今月の特選盤2014年10月25日 23時04分53秒

今日、25日から朝日カルチャー横浜校のモーツァルト講座が出発しました。いいスタートが切れてほっとしているところです。

で、今月のCD。私の特選は、ジャン=ギアン・ケラスとアレクサンドル・メルニコフによるベートーヴェンの「チェロ作品全集」です(ハルモニアムンディ)。5つのソナタと3つの変奏曲が入った2枚組です。

20世紀のチェロがロストロポーヴィチの時代だったとすれば、21世紀はケラスの時代。雄大、豪快な方向で存在感を高めたチェロが、今は小さい方向を向き直して、そこに優美と瀟洒を発見している。古楽の波と連動した出来事ですが、私がそれを支持するのは、作品に即した、緻密なコラボレーションがそれによって実現するからです。その意味で、メルニコフというパートナーの存在が大きい。初期作品の爽やかにして気品のある演奏は、とくに絶品です。

もう一点という向きには、管とピアノの五重奏曲を集めた「レ・ヴァン・フランセの真髄」(ワーナー、3枚組)を。こちらは、スターが腕前を競い合う伝統流。知られざる作品も、華やかなノリで手に汗を握るように聴かせてくれます。

バッハ最近の名盤10選2014年10月10日 22時12分38秒

私がつねづね述べているのは、バッハやバロックは新しい演奏を聴いて欲しい、ということです。また、輸入盤にどんどんいいものが出ている、ということも、申し上げてきました。でも、国内盤になってこそ初めて演奏は聴いていただける、という思いもしています。

というのは、最近ある老舗の雑誌(できたらご案内します)に大きなインタビューを掲載していただく機会があり、CDの推薦もしよう、ということになりました。ところが、国内盤で手の入りやすいもの、という条件がついてみると、新しいいいものが、本当に選べないのです。

考えて見れば、CDやDVDを購入することもそれを愛聴することも、日本語なしでは雲をつかむようなもの。これから聴きたいという方々に気軽にお薦めするわけにはいきません。とくに声楽曲はそうですよね。とはいえ、出せと言われてもおいそれとは出せない、という業界の事情もよくわかります。

9月末、朝日カルチャー横浜校で「今が旬の(バッハ)演奏家たち」という講座を行いましたが、準備の過程で、「ここ10年間の名盤ベスト10」の形でご紹介しようと思い、選んでみました。吟味を重ねてというほどでもなく、全部が最高レベルではないかもしれませんが、ご参考までに紹介します。輸入盤、「国内盤仕様の輸入盤」もいくつか入っています。録音年代順です。

1.ジャン=ギアン・ケラス(カナダ、1967~)の《無伴奏チェロ組曲》  2006 第3番のDVD付き
2.マルク・ミンコフスキ(フランス、1962~)指揮 グルノーブル・ルーヴル宮音楽隊の《ロ短調ミサ曲》 2008
3.ハンス=クリストフ・ラーデマン(ドイツ、1965~)指揮 ベルリンRIAS室内合唱団とベルリン古楽アカデミーのモテット、カンタータ・シンフォニア 2008 DVD
4.イザベル・ファウスト(ドイツ、1972~)の無伴奏ヴァイオリン・ソナタ、パルティータ 2009, 2011
5.コンスタンチン・リフシッツ(ロシア、1976~)とシュトゥットガルト室内管弦楽団のピアノ協奏曲集 2010
6.ロレンツォ・ギエルミ(イタリア、1968~)の《トリオ・ソナタ》集 2010
7.アンドラーシュ・シフ(ハンガリー、1953~)の《フランス組曲》 BD 2010
8.イヴァン・フィッシャー(ハンガリー、1951~)指揮 ロイヤル・コンセルトヘボウ管の《マタイ受難曲》 BD, DVD 2012
9.リチャード・エガー(イギリス、1963)指揮 エンシェント・ミュージックの《ヨハネ受難曲》 2013
10.ジョン・エリオット・ガーディナー(イギリス、1943~)指揮 モンテヴェルディ合唱団、EBSの《復活祭オラトリオ》、カンタータ第106番 2013

今月のCD2014年09月23日 06時44分36秒

サイトウ・キネン・フェスティバルの贅を尽くした公演(《ファルスタッフ》)を久々に満喫したところへ、2013年のライヴが出ました。ラヴェルの歌劇《こどもと魔法》。とても楽しめましたので、今月の特選盤とします(デッカ)。小澤征爾さんの復帰で話題を呼んだ公演です。

舞台写真は、ディズニーの『アリスの不思議な国』のよう。音楽は明晰にしてシャープ、時にエキゾティックで、洒落とユーモアがあります。密度の高い演奏の背後には小澤さんの目が鋭く光っている感じですが、そこに「童心」と呼びたいファンタジーが豊かにたたえられているのが、さすが。キャストはいつもながら、本場の一流揃いです。

対抗盤として考えたのは、ハイティンク指揮、バイエルン放送響によるシュトラウスの交響詩《ドン・キホーテ》(ソニー)です。ロマンと気品に満ちた演奏のおかげで、この曲が好きになりました。独奏はホルヌング、彼の弾くチェロ・ソナタが併録されています。

もうひとつ、今川映美子さんのシューベルト・ピアノ曲集(ALM)を挙げておきましょう。《幻想ソナタ》以下、音楽がみごとに流れていて、心地よく楽しめます。

今月のCD2014年08月22日 23時15分19秒

毎日新聞の夕刊に書いている「今月の特選盤」を、新聞掲載の後で、こちらにご報告しています。建前からすると、今月手元に集まったCDのうちでこれが最高!と思うものを選ぶわけですが、そう単純にはいきません。

3人でやっていますので、自分色を、あえて少し出しています。専門領域で自信をもって推せるものは推す、というようにです。一方で避けるのは、あまりにも好事家向けのものや、入門用に特化したもの、また、演奏家のファン向けにアレンジされたオムニバス、などなどです。

レパートリーや演奏家が偏るのもよくないので、重複を避けて見送ることもしばしば。そんなこんなで、悩みながらも楽しんでやっております。

で、今月は、《魔法使いの弟子》などのデュカス作品集を選びました。演奏はフランソワ=グザヴィエ・ロト指揮、レ・シエクル(キングインターナショナル)。ロトは昨年10月にも選んでいますが、デュカス再評価のためにもたいへん意義のあるCDだと考えて、選考しました。

《魔法使いの弟子》というのは、昔本当に人気のあった作品ですよね。最近聴く機会の少ないのは、箒が水を運んできて大洪水というアイデアが、かえって曲を軽く思わせていたからかもしれません。でも、ロトの指揮で聴くと面白いし、しっかりした作品ですね。ロトは例によって同時代楽器を集め、マニアックなまでの探究精神で、作品の真価を蘇らせています。

劣らず感心したのが、併録された知られざるカンタータ《ヴェレダ》の、洗練された美しさ。でも残念なことに、フランス語台本が邦訳されていません。貴重な資料となるCDなのに、とても残念です。

今月のCD~ガーディナーとゲームの接点2014年07月26日 08時15分39秒

今月の特選盤は、ガーディナー指揮、モンテヴェルディ合唱団とイングリッシュ・バロック・ソロイスツのバッハ《復活祭オラトリオ》+カンタータ第106番。これと拮抗する次点は、イザベル・ファウストがハーディングと入れたバルトークのヴァイオリン協奏曲です。ファウスト、ケラス、メルニコフのベートーヴェン《大公》もあり、ファウスト絶好調。すべてキング・インターナショナルの発売です。

ガーディナーの《復活祭オラトリオ》実演がすごかったことは昨年のライプツィヒ訪問記でお伝えしましたが、そのすぐ後(13年6月)にロンドンで録音したのが、この一枚。現地で接した究極の完成度が記録されており、バッハ・アルヒーフの名誉総裁となったガーディナーが、いよいよバッハ演奏の頂点を極めたという感があります。この名演奏が、合唱のトップがソリストを務めるコンチェルティスト方式によって達成されていることは、ぜひ強調しておきたいと思います。

話は変わりますが、数年前の「キングズ・バウンティ」というRPGを引っ張り出して、このところやっています。コンセプトといいグラフィックといい、本当にすばらしいゲームです。

主人公はいろいろな国に赴いて冒険してゆくのですが、そこにはお姫様や名物女性がいて、妻にすることができる。妻は装備品のスロットをもっていて主人公を強化できますし、ボーナス付きの子供を、4人までもつことができます。離婚結婚を繰り返した方が地域の戦闘には有利になるのですが、別れのやりとりをしなければならず、ちょっと辛いです。

とりわけ美しいのはエルフのお姫様。たいていはこの人で、最後までやってしまいます。この女性がスロットに入ると、射手だのドルイドだのスプライトだのといったエルフの軍勢の士気が劇的に上がり、射程が長くなったり、クリティカルを連発したりする。

ああこれだ、と思いましたね。ガーディナーが指揮をするコンサートがめざましいのは、演奏者、とりわけ合唱の士気がものすごく高いからです。たとえばバスのパートを、ハーヴィーのような名歌手が、闘志満々で牽引している。ガーディナーのバッハがすばらしい最高の要因は、ここにあると思います。上から指導するのでなく、下から生命力を吸い上げているのです。すごいですね。