バリアを越える2012年04月29日 07時43分55秒

27日(木)、退職後初めて旧職場を訪れました(厳密に言えば、4月2日の教員懇親会後、初めて)。図書館で調べ物をするのが目的です。

訪問に、少しですが、心理的バリアがありました。松本清張の小説が、ずっと心にあったからです。それは定年になったサラリーマンの心境を描くもので(タイトルが思い出せません)、やめた人間が行き場もないまま元の職場を訪れ、歓迎されるようで嫌がられるシーンがクライマックスをなしていました。わびしさの秀逸な短編でした。

ですからなるべく目立たないように、と思っていたのですが、結局いろいろな方と出会い、親切にしていただきました。図書館でも、新しい利用証を作成。あらためて使ってみると、この図書館のすばらしさがわかります。これからは、気軽に出かけることができそうです。

ゴールデンウィークのメリハリはなくなりましたが、まだ上手に時間を使えません。5月になったら、いい時間サイクルを作りたいと思います。

やっぱりツキの理論2012年04月17日 23時59分53秒

私としたことが、自分の理論を忘れていました。火曜日、聖心女子大の2回目の授業。1回目がうまくいかなかったのは、後がうまくいく前兆だ、と考えるべきだったのです。

学生が質問や感想を書き込む「リアクション・ペーパー」をこの上なく活用しているのが、聖心女子大です。授業の準備をしながら読んでみると、一昨年熱心に聴いてくださった方がまたたくさん受講しておられ、上滑りのように思っていた情報提供も、多くの方が深く受け止めてくださっていることがわかり、気持ちが変わりました。そこで、前向きな気持ちで授業へ。

今日も用意したレジュメの第1項目は、「本日の質問」。たくさんあった質問のうち重要なものを並べ、それに答えることで復習を兼ねながら、授業に入っていきます。「教会音楽にアカペラが多いのはなぜか」「3の数がキリスト教で重要なのはなぜか」「なぜ典礼文を唱えるだけでなく歌にしたのか」「バッハの《ロ短調ミサ曲》はなぜ演奏が困難なのか」などなど、素朴な質問(←いちばんいい質問)に答えることで、発信した情報を深めてゆくことができるのです。

リアクション・ペーパーにも、おしゃべりを取り締まってほしい、というコメントが、いくつも書かれていました。そこで「静かに、集中して学ぶことのすばらしさ」を熱を込めて説きましたが、今日は学生がじつによく対応してくれて、教室に緊張感が支配し、最低限の注意で済ませることができました。意外な進展でたいへん嬉しく、話にも二倍、三倍の力が入ります。やはり、秩序を保つことで、学生さん自身が得をするわけです。

学生におしゃべりをさせないコツは何か、私の意見は?というコメントがありました。私見では、学生に信頼を与えるだけの堂々とした仕切りをし、それに対応する結果を出すべく努める、ということだと思います。遠慮してしまうと、結局統率ができず、散漫に終わってしまうと思うのです。授業の秩序を保つことも先生の役割で、そこをあきらめて粛々と進めてはいけないのではないでしょうか。

高揚感をもってキャンパスを後にし、必要なDVDを調達しようと、新宿のタワーレコードへ。重い荷物をもってやっとたどりつくと、クラシック売り場は模様替えで閉鎖中でした。ちゃんと帳尻が合うようになっているのです(←ツキの理論)。

今昔の感2012年04月11日 23時58分30秒

定年後、非常勤講師としての授業が、1つだけ残っています。それは聖心女子大で火曜日の13:30から行う、キリスト教学とキリスト教音楽の合同授業。前期は《ロ短調ミサ曲》を論じ、後期は「聖と俗」というテーマで音楽史を見直すという計画にしました。気品あふれる聖心女子大キャンパスは、これまでもずいぶん通った、私の住処のひとつ。授業がやりやすいのは、学生がキリスト教に親しんでいることです。

階段教室に、学生が満杯。私は授業のレジュメを詳細にしたためたA3のプリントを配布して、ミサとミサ曲の始まりについて講義しました。それは学生がわかりやすいように、また情報の正確を期したいという気持ちからですが、配布するのは長所だけではない、ということに気づきました。学生が安心して、おしゃべりしてしまうのです。何も配らなければノートせざるを得ませんから、そうそうおしゃべりばかりはできないでしょう。満員の学生が女声音域でするおしゃべりは、すごいですよ。私がマイクを取って話し始めても、遠慮なくしゃべっています。国立音大では私語の鎮圧に成功し、水を打ったような静けさを実現していましたので、浮き足立ってしまった、というのが正直なところです(学生にとって、たいへん損なことです)。

1回目は私の責任ではないと思いますが、2回目からは私の責任だと思いますので、私語の鎮圧に、全力を挙げます。座席指定にするのが有力な対策であるそうですが、それだと、熱心な学生さんが後ろに行ってしまったりするわけですよね。いずれにせよ、静かに耳を傾けることをしないと、音楽の真価は、絶対にわかりません。大勢いる熱心な学生さんたちのためにも、あきらめずがんばります。世の中、昔と変わりました。大学では、学生が偉いのです。

自由人1週間2012年04月09日 23時53分14秒

自由人になって1週間が経ちました。旧同僚は、「基礎ゼミ」という新入生イベントで、連日多忙な時期。落差は、相当大きいです。

定年後にどんな心境になるか、いろいろに想像していました。自由を楽しみ、好きなことを目一杯やっている、というのが、一方の極。モチベーションを失い、鬱状態に陥っている、というのがもう一方の極。こればかりは、なってみないとわからない、と思っていました。

1週間もあれば結果も定まり、自分のこれからについて公表もできると思っていたのですが、案外、中途半端な状況が続いています。まだ緊張した3月への反動下にあり、第二の人生に踏み出した、という実感がないのです。

やっぱり、そう簡単にペースを変えられるものではありません。「時間を無駄にしない」ということを最大の信条としてやってきましたので、どうしても、先を急いでしまうのです。桜満開の国立・大学通りを歩いても、ゆっくりと花を愛でながらということができず、少しでも早く駅に着こうと、急いでしまう。数日はゆっくりしようと思い、まあそうしてはいるものの、なんとなく罪の意識が生まれ、余裕を楽しむことができないわけです。

前向きの情報発信ができるまで、もう少し、時間をいただきたいと思います。

疲れる3月2012年03月28日 23時28分23秒

久しぶりに、NHK「古楽の楽しみ」の録音をしました。3月が再放送期間なのですが、私は2週分がそれに該当したものですから、しばらくスタジオに入らずにいたのです。

いつもサポート・スタッフの手元に、前日にはCDが届くよう、発送します。CDが着く頃を見計らって原稿を仕上げ、メールで送る。するとスタッフがさまざまなチェックをしてくださり、当日の録音と相成るのです。ただ仕事が立て込んでいると、前の日までに準備を済ませることがむずかしくなります。

今回もむずかしいスケジュールになっていたのですが、なんとか前々日にCDを発送し、前日(すなわち昨日)の夕方に、原稿を送ることができました。珍しい曲が多く、仕上げに、かなり手間取りました。

すると夜、スタッフから返信あり。同じ表現を使うのも何ですが、髪の毛が逆立ちましたね。いただいたCDと原稿は5月放送のものである、明日収録するのは4月放送分だ、というのです。4月放送分は完全に失念していましたので、収録曲の時間計算から始めなくてはならない。準備が間に合うかどうか、問題です。

夜疲れるまでやり、早朝に起きて、仕上げに励みました。時間がどんどん迫ってくるので、焦りが焦りを呼びます。こんな経験が、放送をめぐって、過去にどのぐらいあったことでしょう。間に合いましたが疲労困憊。最後まで楽のできない、この3月です。

大きな区切り2012年03月24日 10時19分55秒

区切りの波は、いくつもに分けてやってきます。23日(金)が画期的だったのは、ついに部屋の片付けが終わり、自室、演習室の双方がカラになったこと。乱雑に積み上がっていた書類が、6箱のダンボールに変貌しました。

こうなるまでには、相当時間がかかりました。定年は職場における「死」のようなものだと思いますが、それだけに、かなりの労力が必要とされます。ともあれ、柄にもない長距離走や力仕事のおかげで、深夜帰りが多い割には、体調良好です。

22、23の両日、日曜日のモーツァルト公演のリハーサル。大学との公式な仕事の最後ですので、出演の方々の温かな協力のもと、陣頭指揮に近い形でやらせていただいています。クラリネット協奏曲は武田忠善さんのソロなので鉄壁ですが、《魔笛》第1幕の抜粋も面白くなりそうですよ。キャストの先生たちがさすがの熟練ぶりで、聴き惚れることもしばしばです。

解説はナレーション方式にし、フィナーレ前の解説は、モノスタートスのパントマイムで行うことにしました。合唱の学生たちも、未熟なりとはいえ、真剣そのもの。立川アミューで15:00から、料金千円です。ぜひお出かけください。

今日はこれから、横浜の朝日カルチャーに出かけます。カンタータ第147番を鑑賞し、そのワイマール稿とライプツィヒ稿の違いについて、詳しく話そうかと思っています。

雨中のパーティ2012年03月20日 23時37分22秒

17日(土)。「東京春祭」のコンサートを1つ聴いてから、新橋の会場に向かいました。すごい雨。私的には、いいことのありそうな日です。

この日のイベント。皆様には、「卒業生の企画する最終講義」とご案内していました。たしかにそのような趣旨で始まったのですが、企画が進むにつれ親睦会の傾向が強まり、最終講義は結局、三択クイズに変貌。景品用にと手元の著作をかき集め、両手に荷物、傘を差せないという状態で会場(新橋)に着きました。

嬉しいのは、この会の幹事役を、直弟子ではない人たちが買ってでてくれたことです。最後の数年は「身体の80%が声楽」などと言っていたにもかかわらず、代々の楽理/音楽学の卒業生が70人も集まってくださり、この日ばかりは、音楽学の精神に立ち戻りました。ほとんどの人を生き生きと思い出すことができたのは、学科4年間の接触が濃密であったことの結果かと思います。

私のクイズはひっかけ満載ですから、簡単には得点できません。三択は、でたらめでも三分の一は回答できるはずですよね。にもかからわず結果は、全24問中最高点が16点、8点以下もかなり。良かった(笑)。

散会が午後4時というのでは、はしごせざるを得ません。かなりの人が三次会まで付き合ってくださり、最後は国分寺でラーメンを食べて解散しました。

積み重ねて来たことを種々思い返し、感動した1日でした。定年のけじめも付けられましたし、人生の意味づけさえ、できたように思えます。お集まりくださった方々、ありがとうございました。

福の神2012年03月11日 23時41分57秒

9日(金)。同期の友人である西村清和東大教授の最終講義。美学のなつかしい仲間たちが集まり、旧交を温めました。

すごいなあと思ったのは、この最終講義が、美学の基礎概念に関するこれからの研究に対して見取り図を描く、学術性の高いものであったことです。音楽のような市場がありませんから、美学の友人たちはみな学問本位で、本当によく勉強します。しかし印象は、昔のままですね。大学院でその秀才ぶりをまぶしく眺めていた頃の彼と今の彼はぴったり重なって、まったく違和感がないのです。

10日(土)。「たのくら」今月のテーマは、バッハのオルガン音楽。冒頭に、古い友人の酒井多賀志さんが送ってくれた「響きわたる音の神殿 パイプオルガン」というDVDを見ました。楽器の構造や仕組みがよくわかる映像で、なるほどそうか、と思うところが随所に。スタジオ・リリックというところから、4,200円で発売されています。

別室でお昼を取りながら、来年度(26年目)のテーマ選び。「ぜひワーグナーを」と提案される方があり、同調者もおられましたので、4月からはワーグナーの作品を、順を追って進めることにしました。2013年は生誕200年ですからタイムリーでもあります。ワーグナーは好き嫌いが分かれる対象なので、私からはあえて提案しないのですが、ご提案いただければ、喜んでやります。

午後は、3月恒例の「錦まつり」。空き時間に散歩をし、コーヒーを飲みながらトークを考えるのがいつものやり方です。錦学習館と立川駅の中ほどに「一六珈琲店」という自家焙煎のお店があり、よりどりみどりの世界のコーヒーから、ルアンダのものを選んでみました。これがことのほかおいしく、すっかりいい気分に。帰途、待てよ、これは話がうますぎる、進行でミスを犯さないように気を付けなければ、という思いが兆しました。「ツキの理論」の再確認です。

コンサートは長らく続けている楽器シリーズで、今年はトロンボーン。名手箱山芳樹先生と国立音大の学生3人による四重奏でした。ところが、前半の中心となるテレマンのコンチェルトを私が飛ばしてしまい。次の2曲を案内する大失態。上手に対応してはいただきましたが、やっぱり!の結果になりました。バス・トロンボーンは女性でしたので珍しいのかなと思い、伺ってみると、4年生は7人全員が女性とのこと。そういう時代なのですね。

会場からの帰り、「一六珈琲店」を通ると、鈴なりの盛況です。よく見ると、詰めかけているのはたのくらの会員。どうやら私、お店を繁盛させる福の神になったようです。

阿部雅子さんに博士号!2012年03月09日 12時52分12秒

退任を控え、最後まで残った関心事は、私の指導下で博士論文を書いている人たちのうち、今年のエントリーで候補になっている阿部雅子さんが無事学位を取れるかどうか、ということでした。このたび正式に認可され、心から安堵しています。

阿部さんの論文は『モンテヴェルディの歌劇《ポッペーアの戴冠》におけるポッペーア像の研究』と題するもの。3度にわたる公演の体験を踏まえて書かれたものであることは、いうまでもありません。最新の資料である「ウーディネ筆写台本」をもとに作品のオリジナルな形態に迫ったというのも成果ですが、何より、オペラの中で展開される主人公の心理表現が、細部までの分析を通じて、あざやかに捉えられています。公演をご覧になった方は、きっと想像していただけることでしょう。

一昨年、湯川亜也子さんが第一号になられました。湯川さんはとにかく勤勉な方でしたので、もちろん陰の苦労は大きかったでしょうが、順調に学位まで到達されたように見えました。しかしまもなくわかってきたのは、後に続くことがいかにむずかしいか、ということです。去年、今年と、博士論文を仕上げることのたいへんさ、とくに演奏を専門とする学生にとって心理的にどれほどの負担であり、重圧がかかることかを、身をもって味わいました。それを克服された阿部さんに、敬意を表します。今年はピアノの和田紘平さんも優れたシェンカー研究によって博士号を授与されましたので、合計3人になりました。

指導した方すべてに学位をとっていただきたかったのは、やまやまです。しかしそのように厳しい課題なので、二人目を出せたことでともあれ満足しなくてはならないと思います。阿部さんも平坦な道を歩かれたわけではありませんが、古楽に照準を定めてから、大きく成長されました。持ち前のインテリジェンスに日ごとに磨きがかかり、ある時点で、学問とはどういうものかを理解する段階に達したと感じています。そうなると、研究が面白くなり、どんどん目が開かれて、いろいろなことに気がつくようになる。こうした段階に至ってようやく、博士号に手が届くのです。見事な自己実現。おめでとうございました。

お別れのご挨拶2012年03月07日 23時43分26秒

定年を思うたびに浮かぶ象徴的な光景。それは、最後の教授会における挨拶でした。毎年何人もの先生がなさる、定番の光景。長い年月が一瞬のうちに集約されるような趣きがあり、その機会を大事にしたいなあ、と思っていました。

それがついにやってきたのが、今日、3月9日の午後でした。原稿を書いて臨みました。それをここで公開したいという誘惑を感じます。ここを訪れてくださる学生さんや卒業生の方々にも、背後にある心を贈りたいなあ、という気持ちからです。では、以下に引用します。

「皆様、長いことお世話になりました。三十数年前、海老澤先生の授業を一部お手伝いするような形で1年半非常勤をやりました後に、美学の先生として専任になってくれないか、というお話をいただきました。その時私はドイツ留学が決まり、すでに準備している段階だったのですが、こういういいお話はそうないだろう、という判断から留学を延期し、この大学に勤めさせていただきました。

 以来35年、教員の皆様、職員の皆様にはご迷惑もおかけしましたし、お助けもいただきました。私のトレードマークのようになったダブルブッキング、朝の電話。これは、寝ぼけ眼で電話をとってみると大学からで、先生たち皆さんおそろいですが、というもので、何回かありました。それ以来電話が鳴るたびに、ぎくりとするようになって、今日に至っています。これは4月になっても、きっと変わらないでしょう--などなど、お詫びすることがたくさんあります。申し訳ございませんでした。

 しかし私は、国立音大で仕事ができて、本当によかったと思っております。理由はとくに2つあります。1つはこの学校の自由な雰囲気の中で、やりたいことが心ゆくまでできた、ということです。私は20年間ほど、次期学長、と言われておりました。期待してくださった方々にはお応え出来ず申し訳なくもあるのですが、私は管理や経営にはまったく能力をもたない人間です。その意味では、音楽に専念できたことが、なによりありがたいことでございました。

 第2の、いっそう大切な理由は、机の上の勉強にとどまらず、音楽の実践と、深くかかわることができた、ということです。実技の先生方との信頼関係のもとにさまざまなコンサート、イベントをご一緒できたということは、私の最大の喜びであり、そこから多くを学ばせていただきました。音楽は個人プレーではなく、みんなで聴き合って作り上げるものであり、自分たちの満足を超えて、神様に喜んでいただくためにあるものだ、という最近の私の考えは、音楽家の先生方と実践に関与する中でこそ得られたものだ、と思っております。

 ピアノ、弦管打、作曲など、さまざまな領域の先生方とご一緒に音楽させていただきましたが、とりわけ声楽領域は、先生方のみならず学生たちともかかわる機会が多く、ここ数年間は後期博士課程を通じて、何人もの優秀な学生を見守るという幸運を得ました。こうしたすべての結集として、今年1月の音楽研究所バッハ《ロ短調ミサ曲》の公演があったと思っております。これまで大学で積み重ねた日々や私自身のバッハ研究のすべてがそこに向かってくるような感動を覚える、《ロ短調ミサ曲》でございました。心より御礼申し上げます。

 これからは自分の思うままに時間を使えることが、嬉しくてなりません。大学の今後は、皆様に安心しておまかせしていきたいと思いますが、ひとつだけ申し上げるとすれば、音楽大学は、音楽というすばらしい芸術のために存在しているのであって、その逆ではない、ということです。音楽が大事にされてこそ、それにかかわる人々の喜びがある、と思っております。皆様ありがとうございました。先生方、職員の方々、またこの場におられない先生や学生さんたちも、どうぞお元気でお過ごしください。」