4月のイベント(緊急)2009年04月01日 23時43分08秒

新年度、おめでとうございます。今日は入学式でした。4月にもいくつかイベントがありますが、とり急ぎ1つ。3日(金)に、国立音楽大学講堂大ホールで、「 いま始まる! 華麗なる音楽の響き 」と題するレクチャー・コンサートがあります。14:30から新入生対象(上級生でもOKです)の第1回、18:00から一般向けの第2回です。入場無料。第2回であればフリで来られても入れますので、ぜひご来場ください。

コンサート、前半はムソルグスキー/ラヴェルの《展覧会の絵》。栗田博文指揮、くにたちフィルハーモニカーの演奏です。後半はモーツァルト《フィガロの結婚》の第4幕で、キャストは次のような、空恐ろしくなるほど豪華な顔ぶれ。昨日練習を始めましたがすばらしい舞台になりそうですから、広くお聴きいただきたいと思います。私ならではの趣向もめぐらせてあります。

伯爵:黒田博、伯爵夫人:大倉由紀枝、フィガロ:小鉄和広、スザンナ:澤畑恵美、ケルビーノ:山崎法子、マルチェッリーナ:押見朋子、バジーリオ:角田和弘、バルバリーナ:山本真由美

逆人格改造(1)2009年04月02日 21時38分25秒

知人に指摘されて思い出したことがあります。私がいつぞや入院し、手術後穏健な療養生活を送っていた頃、さる卒業生が、「大変だ、先生がいい人になっちゃう」と言っていた、というのです。ムッとしましたね、私は。自分がいい人ではない、というのはもちろん完全に認識していますが、それでもというかそれだけにというか、よそ様からは「いい人」と言われたい、と願っているのです。

そういう私を不安に陥れる存在は、どこから見ても「いい人」としか思えない人がじっさいにいる、ということです。「いい人」であることだけが取り柄、というのなら別にいいのですが、堂々たる社会人で風采も立派、という人が「いい人」でもあるということになると、性悪説を唱えて渡ってきたこの人生は何だったのか、となってしまいます。そして、まさにそのような人が、「楽しいクラシックの会」の親睦係として、季節の旅行に、采配を振るっておられるのです。

この方は、持ち前のサービス精神から、バスの中でクイズを出されます。すると、その設問は素直である上にわかりやすいヒントを含んでいて、自然に正解できるようになっている。これは、私の信念に反します(きっぱり)。私は、クイズの問題は精緻なひっかけを含むべきで、人を誤答へと導くものでなくてはならない、と思っているからです。

業を煮やした私は、会の先生である権威を笠に着て、その方に「人格改造」を命じました。しかしいっこうにあらたまらぬまま、その方のお世話により、茨城~栃木への、今年のバス旅行が始まったのでした。(続く)

逆人格改造(2)2009年04月05日 22時28分29秒

7時半に立川を出発したバスは、守谷のドライブインを経て、茨城県桜川市の真壁街に到着。ここで古い町並みを鑑賞し、昼食をとりました。真壁の町おこしはボランティアを動員して工夫の跡が偲ばれましたが、あいにく私は、生活への興味が乏しい人間です。昔の住居や、家具や生活跡を見ても、ほとんど感慨を覚えません。興味の尽きない方もいらっしゃるのでしょうが・・。

次の目的地は、雨引き観音。これは存外に立派なお寺で、関東平野の見晴らしを楽しみました。生活より自然が好き、というのが私です。次いで、益子イチゴ狩り団地へ。これについてはすでに書きました。

食べたあと直売場に行きました。こういうとき、おみやげを絶対買わないのが、私です(きっぱり)。いい悪いではない。買わない主義で、この年まで過ごしてきました。軽装で行き、軽装で帰ってくるのが、私の旅行です。

ところが、新鮮な野菜が安い値段でたくさん並べられているのを見ているうちに、私が今までの人生で感じたことのない感情が動いてしまったのですね。それは、このおいしそうな野菜を買って帰ろう、という感情です。

産地を調べながら買い始めてみると、これが案外面白い(笑)。あれもこれも買おうということになり、結局、誰よりも大きな包みを下げることになりました。

「益子」はもちろん、益子焼の本場です。当然「益子参考館」で焼き物の現場と陳列を見学したのですが、コースはそのまま、売店へと続いているではありませんか。そこで経験したことのない感情がふたたび湧き、茶碗など2点を購入。そのあとに寄った「外池酒造」では、利き酒を楽しんだあと、焼酎を購入しました。荷物が多くなってもなんとかなるのが、バス旅行のいいところです。

それでわかったのは、「いい人」の計画には見学と買い物を絶妙に織り交ぜられていること、土地の名品を楽しみながら購入できるよう、考え抜かれていることでした。でも、生活にも買い物にも興味のない私が大きな荷物を提げて立川に帰ってきたということは、すなわち、私の方が人格改造されてしまったということですよね。

逆人格改造をくらってはいけません。野球で広島カープを応援するなどして、本来の人格を取り戻そうとしている私です。

基礎ゼミで《フィガロ》2009年04月06日 23時07分00秒

私の大学では、入学式のあと、「基礎ゼミ」という新入生向けの特別企画を、2週間近くにわたって行います。私はその総合企画者で、2つあるレクチャーコンサートの第1回を仕切るのが、習いになっています。

このコンサートには、「くにたちPhilharmoniker」という教員+卒業生+学生のオーケストラが出演します。最近はその後半を、歌の先生たちを交えてのオペラとすることが定着しました。ガラ・コンサートとして得意のアリアを披露していただく方法もあるのですが、私はやはり作品をきちんと体験する機会とすべきだと考えて、なるべく1つの幕を流れとともに聴いてもらうようにしています。今年は、《フィガロの結婚》の第4幕を採り上げました。これは、2006年の第2幕、2008年の第3幕に続いてのものです。

ご承知のように、《フィガロの結婚》第4幕は5つのアリアのあとにアンサンブル・フィナーレが続くという、特異な形をしています。筋は複雑の極み。短い時間で解説することは至難の業です。

そこで私は、アリアを簡単な解説をはさんで進め(セッコはなし)、フィナーレの前に、登場人物たちにインタビューするという方法を試みました。インタビューを通じてそれぞれの人物の個性を印象づけ、彼らがどういう立場や心境にあるのかを要約し、併せて複雑なフィナーレへの手引きとなるように考えて、台本を作りました。

芸達者な先生たちですから皆さん上手にやってくださいましたが、とりわけ大プリマ、大倉由紀枝さん(伯爵夫人)との対話は二転三転して面白かったので、ここでご紹介したいと思います。(続く)

伯爵夫人との対話2009年04月08日 13時17分44秒

スザンナがうっとりするような愛のアリアを歌い、それを物陰からフィガロが歯がみしながら見ています(=スザンナが伯爵との逢瀬を楽しみに歌っていると誤解)。スザンナが退場し、フィガロがよろよろと後を追うところを待ち受けて、インタビューは始まりました。最初はフィガロ、次にスザンナ。そして、伯爵夫人の登場になります。

私の台本は、当初、次のようになっていました。 礒山「奥方様、すべてはあなたの計画の通りに運んでいますね。第2幕ではひとり悲しんでいたあなたが、別人のように生き生きしておられます。」 大倉「主人に一度きつ~くお灸を据えておかないと。」 礒山「でも、フィガロまで巻き添えにしちゃうのは気の毒ですけど。」 大倉「男の人は結局おんなじです。」(きっぱり) 礒山「で、あなたがスザンナに化けて、デートに行かれるわけですか。」 大倉「主人がどんな口説き方をするのか、確かめてみます。楽しみ~。」 礒山「そんなに追い詰めちゃっていいんですか。殿様にもメンツがありますよ。」 大倉「でも心から謝ってくれれば、私、結局許しちゃうと思うわ。」

これで一度リハーサルをしたあと、修正案を作成。それは、「男の人は結局同じです」のあとに、「あの少年も同じですか、まだ子供ですが」というのを入れてケルビーノを紹介し、次に、「この私も同じでしょうか」と付け加える、というものです。そして、どのみち肯定になる答のどちらかに、「彼は(もしくはあなたは)その典型です」というのを入れてもらうことにしました。

大倉さんが、「その典型です」を私に振ってくることは、眼に見えています。それをどう受けるかが難題になりました。思いついたのは、ポケットからハンカチを出して汗を拭きながら、「恐れ入ります」と答える筋書き。ところが、その日は具合の悪いことに、ハンカチを忘れていたのです。ハンカチを買わなくては、と焦っているときに思いついたのが、女性から花柄のハンカチを借りてポケットに入れておくことでした。私が花柄のハンカチで汗を拭く。大倉さんがそれを見咎めて「そのハンカチ、女性用ですよ!」と指摘する。私が「アッ、しまった~~~!!」を叫ぶ、というオチです。

結構いい案のように思われましたが、考えざるを得なかったのは、新入生たちの私へのイメージが今後どうなるのか、ということでした。(まだ続く)

大歌手の貫禄に敗れる2009年04月09日 23時03分14秒

自らのイメージ低落を危惧した私は、受付のアルバイトをしていた学生数名に、こういうアイデアがあるが、やってもいいものだろうか、と尋ねてみました。すると、皆硬い表情をして、答えません。強いて尋ねてみると、「そんなの全然大丈夫でしょう」という返事。そこでアイデアを実現することにし、バルバリーナ役の山本真由美さんから、派手な花柄のハンカチを借用しました。

しかしこのアイデアは、大倉さんによって却下(笑)。なんと、「先生を、男の中の男と言います」とおっしゃるのです。これはホメ殺しか、と思いつつも嬉しくなってしまい、こう持ち上げられたのでは返しがむずかしいなあ、などと思ううちに、本番になりました。

そしたら、全然違う。「この私も同じでしょうか」に対して、なんと「先生も同じです。思い当たること、おありになるでしょ」と振ってくるではありませんか。私はシュンとなってしまい、やむなく肯定。「そんなに追い詰めちゃっていいんですか。殿様にもメンツがありますよ」という突っ込みには、「私にも、伯爵夫人としてのメンツがありますよ」という立派なお答えです。「でも心から謝ってくれれば、私、結局許しちゃうと思うわ。」のあとには「だって私、主人を愛しているんですもの」という、絶妙のとどめが来ました。こうなっては私も、「わかりました。もうお帰りください」と言わざるを得ませんでした。

というわけで、大歌手の貫禄に完敗したわけですが、考えてみると、「男の中の男」というのも、全然ほめていなかったわけですよね。「あなたはその典型」を言い換えただけですから。バス旅行で逆人格改造を受けたためか、そこに気がつきませんでした。

〔付記〕今日(10日)新入生の面談をしていたら、「先生あのとき赤くなられたので、思い当たることがおありなのだろうと話していました」とのこと。君たちねえ・・・。

4月のイベント(総論)2009年04月10日 23時43分50秒

今日、「基礎ゼミ」が終わりました。来週から授業開始で、ゆとりのない毎日です。なんとか、乗り切りたいと思います。

遅くなったイベントのお知らせです。今月の諸講演はすべて、6月の大きなイベントを指し示しています。それは、ジョシュア・リフキンを招いての《マタイ受難曲》ツアー。私はその音楽監督です。今年のもっとも重要な出来事と位置づけていますので、皆様、ぜひお力をお貸しください。

リフキンを招いての公演ですから、全パート1人ずつの重唱方式は当然。CDでこの「リフキン方式」をとっているのは、マクリーシュのアルヒーフ盤だけです。器楽も当然、ピリオド楽器になります。

《マタイ受難曲》におけるリフキン方式の利点は、この受難曲の特徴であり本質である、2つのアンサンブルの対話が生かされることです。普通の《マタイ受難曲》公演では、2つの合唱グループの前に4人のソリスト、そしてエヴァンゲリストとイエスが並びますよね。本当は、ソリストは両グループのトップ歌手が歌うべきで、8人必要なのです。それではお金がかかりますから、第1グループの担当するアリアも、第2グループの担当するアリアも、同じソリストが兼ねています。本当は、それではだめなのです。

このアリアは第1グループ、このアリアが第2グループという仕分けは、内容的にも重要な意味をもっています。一般の公演ではあいまいになりがちなこの対話コンセプトが、今回はひときわ明瞭に実現されるはずです。なぜならば今回は、第1グループがアメリカ、第2グループが日本の若手によって編成され、国境と文化を超えた対話となるよう、考えられているからです。第1グループ、すなわち出来事を間近で見守る「シオンの娘」は、ボストンに本拠を置くケンブリッジ・コンツェントゥス。第2グループ、すなわち離れたところから案じて問いかける「信じる魂」は、私の主宰する「くにたちiBACHコレギウム」に、芸大系の方々を加えて編成します。リーダーは桐山建志さん、通奏低音は大塚直哉さんです。

こうした国際的な共演は、《マタイ受難曲》のコンセプトを新しい形で生かすものだと確信しています。詳細は、次の更新で。

《マタイ受難曲》公演のお知らせ2009年04月11日 22時45分25秒

《マタイ受難曲》の公演は、6月の中旬になります。

東京公演1 6月14日(日) 14:00 杜のホールはしもと 6000円(25歳以下の学生4000円) 主催:相模原市民文化財団

東京公演2 6月16日(火) 18:30 杜のホールはしもと 主催:同上

大阪公演 6月18日(木) 18:30 いずみホール S:8000円 A:6000円 学生;4000円 主催:いずみホール

長野公演 6月20日(土) 14:00 須坂メセナホール 3500円(当日4000円) 主催:すざかバッハの会

詳細については、それぞれのホールまたは主催者のホームページをご覧ください。

私がらみの今月のイベントです。

12日(日) 14:00 すざかバッハの会「バッハ最先端8」

17日(金) 19:00 杜のホールはしもとにおける第1回セミナー「《マタイ受難曲》--その広大な作品世界」

18日(土) 10:00 楽しいクラシックの会「《マタイ》の前は《ヨハネ》」

25日(土) 13:00 朝日カルチャーセンター横浜「バッハの《ヨハネ受難曲》」

よろしくお願いします。

夢のタイプ2009年04月13日 22時11分47秒

日曜日は須坂へ。うらうらと暖かく、桜が満開、にもかかわらず周囲の山が終日すっきり見えている、という最高の環境のもと、講演会を開きました。2ヶ月に1回の会ですから、次回の6月は《マタイ受難曲》の本公演。私もそれを意識し、前半を《マタイ》における「ペトロの否認」場面の解説、後半を《ヨハネ受難曲》における同場面との比較、最後をリフキン方式の長所や狙い、といった形で構成しました。熱心な会員に支えられて、とても気持ちの良い会に。夕食のあとは、善光寺で桜を見物しました。ずいぶん、ツキを使いましたね・・・。

講演の前にはいつも、「すざかバッハの会」会長、大峡喜久代さんの挨拶があります。大峡さん以下、スタッフは今《マタイ受難曲》の準備に奔走しておられるのですが、その一環として、2階席を解放し、学校の生徒たちを招待する企画が用意されているそうです。

大峡さんは、その2階席が少年少女たちで一杯になっている夢を見たと、生き生きと話されました。正夢になれば、すばらしいですね。

このお話を伺った時、私はじつは、少なからぬ違和感を抱きました。なぜなら、こういういい夢、お金が欲しいときに宝船がやってくるといったタイプの夢を、私は一度も見たことがないからです。私が見るのは、宝箱を空けようとしたらどうしても鍵が見つからないとか、やっと開いたら中は髑髏で一杯だった、というタイプの夢ばかりで、夢というのはそういうものだと思っていました。

同行したまさお君は、私の夢は悲観主義のなせるわざだといいます。宝船タイプの夢を見られる方も、世に一定数おられるのでしょうか。にわかには信じがたいのですが、皆さん、いかがでしょう。

バッハ演奏研究プロジェクト20092009年04月14日 22時51分40秒

国立音楽大学音楽研究所のバッハ演奏研究プロジェクト、今日、今年度のガイダンスを行いました。ピアノ部門、声楽部門とも昨年を上回る盛況で、本当に嬉しく思っています。

大学のホームページからたどると、研究所の情報が得られます。プロジェクトのホームページも作ったのですが、もう少し形がついてからご案内しますね。ピアノ部門では《パルティータ》を学び、声楽部門では、4曲のカンタータと2曲のモテットを勉強します。

私の専攻は音楽学ですが、大学院では、声楽の学生の論文指導を引き受けています。修士は、オペラ専攻の学生。博士後期課程に進学した学生は全員、私の指導です。定員5人の博士後期課程には複数の声楽の学生が入りますが、今年は高橋織子、阿部雅子、川辺茜というすばらしい3人が入学しました。皆様にもぜひ知っていただきたい人たちです。彼女たちを加えて、くにたちiBACHコレギウムは、ますます充実したメンバーになりました。

最初のプログラムは、私の講演です(4/28、18:00)。「故人略伝」を読みながら、最初期の信頼性の高い情報をもとに、バッハの生涯と活動について考えていこう、という趣向です。聴講もOKですのでお待ちしています。