にぎやかな20周年2010年04月17日 11時39分04秒

今日はいずみホールの20周年記念イベント、ロッシーニの歌劇《ランスへの旅》に出席しました。《ランスへの旅》は主役十数人が次々と歌う一種バブリーなオペラで、いずみホールに一番ふさわしいものかどうかはわかりませんが、祝賀のにぎやかさという点では、イベントに最適。最後、いずみホールの誕生日を歌とケーキでお祝いするという趣向も演出サイドから加わって、大いに盛り上がりました。練達のイタリア語を駆使して見事な狂言回しをされた折江忠道さん、締めのアリアの芸術性が絶品だった佐藤美枝子さん以下、皆さん力の入った演唱でした。ありがとうございました。

行きと帰りの新幹線の中で、6月に学生たちとやるサントリーホール「レインボウ21」の解説を執筆。完璧にがんばっているつもりだったのですが、途中、CD選の催促が入り、大慌てです。うっかりしていました。いまやっていますが、徹夜になるかもしれません。他にも今夜徹夜の方、いらっしゃいますか。昨夜の分としてアップロードします。

ものわかりよくあるべきか2010年04月19日 11時30分40秒

真剣に反省しています。今年、仕事を入れすぎました。がんばればできる、という思いでがんばっているわけですが、体力の限界は、年齢的にも、明らか。かえってご迷惑をおかけしてしまう可能性があります。申し訳ありません。

そのこととも関係があるのですが、最近すべてを、定年との関係で考えるようになりました。博論指導で関係している学生さんには全員学位を取らせてさしあげたいのですが、中断せざるを得ず、残念です。組織としての大学は、安んじて、次の世代の方々にまかせたいと思います。

最近本当に迷うのは、どこまで自分の考え方を伝えるべきか、ということです。私の価値観と異なることが行われている場合、どこまで自分の考えを明らかにすべきなのか。それぞれがそれぞれの価値観で行動しているのだから、それを承認して波風を立てないようにすることがいいように思うわけですが、それはダメだ、ということもはっきり言っていくのが、自分に期待されている責任のように思うことがあります。これは絶対違う、と思うことが、最近複数回ありました。ものわかりのいい自分、価値観を主張する自分、どちらがいいか、迷うことひんぱんです。

〔付記〕この記事を読み、驚いてメールをくださった方があります。誤解を招く書き方だったかもしれませんが、現在はがんばれており、「中断せざるを得ない」のは、2012年のことです。失礼しました。

いつもながらの進行形2010年04月21日 08時21分50秒

このところ、近況報告進行形、といったような更新が続いていて申し訳ありません。今日はこれから聖心女子大に出かけ、終了後本務校に戻って、会議と指導です。明日NHKの録音(朝のバロック)があるので、夜はその準備です。

いま準備中のものは5月24日からの週に放送予定。ちょうと聖霊降臨祭ですので、月曜日に昇天祭の音楽、火曜日から3日間聖霊降臨祭の音楽をプログラミングしました。月曜日は、バッハの《昇天祭オラトリオ》(クイケン演奏)と、テレマンの《昇天祭カンタータ》。火曜日は、ビーバーの《ロザリオのソナタ》を枕に、トゥンダーのオルガン・コラール、シュテルツェルのカンタータ、バッハのカンタータ第172番(リフキン演奏)です。まだ一月も先ですね。

とにかく毎日をしっかり乗り切り、連休で体制を立て直し、5月からはいいペースで進めたい、というのが現在の気持ちです。皆様もお元気でどうぞ。

竹下通り2010年04月22日 11時16分43秒

雨の、寒い1日でしたね。皆様、どう過ごされましたか。

私は、NHKの収録を終えて、遅い昼食を摂りました。いつもは渋谷の方に出るのですが、今日は、原宿に行ってみようか、という気になった。しゃれたお店が、たくさんあるように思えたからです。

竹下通りに、じつに久しぶりに足を踏み入れました。強い雨だというのに、若い人が、たくさんいます。奇抜な服装(?)の若い女性、そして、外国人がすごく多い。しかし意外だったのは、小物のショップがたくさんある反面、食べるところが少ないことです。スパゲティのお店に入って、ささやかな昼食としました。

まあ普通のお店ですが、ウエイトレスの女性がたいへん感じのいい対応だったので、気分のいい食事になりました。こういうことって、大切なんだなあ、と実感。頼まないつもりの紅茶も頼んでしまいましたから、商売にもいいわけですよね。対人関係、感じがいいのに越したことはありません。

「あらかわバイロイト」2年目2010年04月23日 23時41分01秒

先約があるので、と伝えて、今日は会議を休みました。ですからその先約を明らかにすることには差し障りがあるのですが、書くプラスの方を重く見まして・・・。

「あらかわバイロイト」の2年目、《ワルキューレ》を見に行きました。友人のバリトン歌手、今尾滋さんがヘルデン・テノール(!)としてデビューすることになっていたので、応援を約束していたからです。

これが、なかなか良かったのですよ。会場のサンパール荒川というのは、下町の匂いが会場内に漂っているようなところで、何となく、昔の映画館にいるよう。ここでワーグナーの超大作を上演することはそれ自体無謀とも思えることなのですが、ハードルが低い分親しみやすい、という側面も、たしかにある。最初、貧弱な寄せ集めに思えたオーケストラも第2幕に入ると鳴りがよくなり、金管などなかなか。歌い手も、「いかにもワーグナー」という人は少ないのですが、善戦健闘、よく勉強されています。

ワーグナーの音楽は、作曲家の明確で強い表現意欲が100%音として実現されている、音楽史上まれな例だと思います。こういう音楽は、演奏が多少及ばずとも、作品のもつ独創性、卓越性は、しっかり伝わる。ですから私は、ことワーグナーの公演に関しては、演奏のレベルを問わず、一定の感銘を受けます。今日の公演からも、《ワルキューレ》のすばらしさは、十分に伝わってきました。

ここまで作り上げることの困難は想像に余りありますが、外国の名歌手をずらりと並べたリッチな公演より、こうした手作り公演の方が必ずや有意義で、後に残るものであると確信します。今尾さん、朗々たる高音で、これからのワーグナー公演に、欠かせぬ方になりそうです。

学外新学期好発進2010年04月25日 23時37分16秒

この土日は、仕事のラッシュ。土曜日の午後に朝日カルチャー横浜校で《平均律》の話をし、夜に三澤洋史さんの合唱団(東京バロック・スコラーズ)でワイマール・カンタータの話をし、日曜日の午前に「たのくら」でソナタ形式の話をする、という強行軍でした。しかしどれもいいお客様に恵まれ、充実することができました。ありがとうございました。

カンタータの講演会では、話の後に三澤さんとの対談が設定され、そのあとにフロアとの質疑応答というプログラムが組まれていました。質問をいただくというのは本当にいいですね。話が深められ、聴衆の方々と、一体感をもつことができます。なにしろタイミングが良かった。『魂のエヴァンゲリスト』の改訂作業をしたばかりで、たいていの情報が、新鮮に頭に入っていましたから。バッハを深く聴いておられる方がたくさんいらっしゃることが、質問を受けてみて、実感されます。

知っていること、考えていることを率直にぶつけあう議論の場を大切に思いますが、これも芸術、学問にかかわっていられるからこそでしょうか。政治家でなくてよかったと思います。「政治家は言葉が生命」とする解説も耳にしますが、私は鳩山さんの言葉って、本当にわかりません。「きれいな海を埋め立ててはいけない」といまおっしゃることの意味は何でしょう。自分の正直な感情を、情勢への配慮なしでおっしゃっているのか、あるいは、自分だけいい子になろうとしているのか。意味がわかれば議論が起こりますが、わからなくては、議論のしようがありません。せめて、意味を知りたいと思います。

言葉のズレ2010年04月26日 23時57分27秒

時代とのズレは、言葉にあらわれるようです。たとえば「イマイチ」という言葉は、ある時期に流行して私も自然に使うようになったのですが、ナウいどころか、ダサい言葉になっているでしょう、きっと。でも自分の語彙になっているので、つい使っちゃうんですよね。

今日はっとしたこと。「洋服」という言葉、私はまったく自然に使っていましたが、今はもう、使いませんか?私が「洋服」といい、相手の方が単に「服」と言っていることに気づいて、愕然としました。「洋服」は「着物」との対語で使われていましたから、着物がすたれた今は、「服」で十分だと言われれば、そんな気がします。皆さん、いかがでしょう。

・・・と書いてよく考えたら、「洋服」の対概念は「和服」ですね。「和服」はすでに死語、ということはないでしょうか。そう言えば、「呉服」という言葉もありました。今調べたら、三国の「呉」から日本に伝わったから呉服だそうです。ご存じでしたか。

今年の工夫2010年04月29日 23時15分58秒

明日の準備も済み、なんとか4月を乗り切れるメドが立ちました。昨日の聖心の授業が一番苦しかったのですが、深夜起き出して準備し、間に合わせました。終わるとやってよかったと感じるのは、今日の放送収録でも同じ。いつものことです。

今年初めて採用したやり方があります。それは、学生に白い紙を配布し、質問のある人は出しなさい、と言っておくやり方です。クラス授業で人数が多いと、「質問ありますか」と言っても、みな遠慮してしまう。しかし紙に書かせると、ずいぶん多くの人が、なかなかいい質問を書いてきます。その主要なものをレジュメに取り込み、私なりに回答するのですが、これが、絶好の復習になる。たくさん進むより、こうして理解を確実にしていく方がいいとわかりました。

今録音している「バロックの森」は5月24日からの週で、昇天祭と聖霊降臨祭の音楽を特集しています。今日は、聖霊降臨祭の第2日、第3日を収録しました。シュテルツェルとバッハのカンタータを並べ、オルガン曲をからませていくのですが、シュテルツェルにもいい曲がありますね。『エヴァンゲリスト』新版にも書いたように、最近シュテルツェルのカンタータをバッハがライプツィヒで演奏していたことが判明しています(1736年には「年巻」を演奏したという説もある)。バッハとの違いは、多様性、複雑さ、世界の広がり、といったことでしょうか。明日の「歌曲作品研究」の授業では、シュテルツェルの名曲《お前がそばにいるならば》を取り上げる予定です。