隅田川 ― 2009年05月21日 22時46分51秒
5月16日(土)にいずみホールで、能《隅田川》とブリテンのオペラ《カーリュウ・リヴァー》の公演がありました。ご尽力いただいた方々に感謝しつつ、作品への感想を述べたいと思います。
イギリスの作曲家、ブリテンが能楽に並々ならぬ関心をもっていたこと、日本滞在の折に《隅田川》を見て感動し、その詳細な研究に基づいて、舞台をキリスト教的中世に置き換えたオペラを書いたこと、このため能とオペラを抱き合わせた公演が広く行われていることは、ご承知のとおりです。でも両者を見て感じるのは、能という伝統芸能の圧倒的なすばらしさ。ブリテンの作品もこれにはとうてい敵し得ない、と断言してもいいように思われます。
亡き子を思う母の思いが高まり昂じて、ついに霊界との交流が実現する。そのプロセスも迫力満点ですが、朝になるとすべては消え去り、草茫々の墓があるばかりだった、という無常観への収斂が、本当に味わい深いと思います。ブリテンでは、祈りを通じて神の奇跡が実現し、母が狂気から癒される、という結末になっているのです。ブリテンには《放蕩息子》という宗教的オペラもありますが、これも私には、深い内容のものとは思われません。
《隅田川》のクライマックスで、少年の霊が降臨する場面。私の心には、少年を出さない方がいいのではないか、という思いがよぎりました。いま笠井賢一さんの書かれた解説を読み直していたら、じつは世阿弥がそういう意見で、作者の元雅と論争したのだそうですね。昔から好きな能が、いっそう身近に感じられるようになりました。
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