身体運動 ― 2009年07月13日 16時27分57秒
私は、身体を動かすことが苦手です(きっぱり)。これは、バッハ研究者としては具合が悪い。なぜならバッハにはたくさんの舞曲があり、舞曲とは銘打たれていない作品にも、身体運動としての踊りの感覚が充ち満ちているからです。
したがってバロック舞曲の研究が必要、という正当な認識のもとに、バッハ研究所の器楽・声楽合同で、「古典舞踊とバロック舞曲」という講演会を開きました(7月7日)。講師はガンバ奏者の平尾雅子さんで、ドイツ帰りの村上暁実さんが様式感にすぐれたチェンバロを演奏され、本職はチェンバリストだという小川絢子さんが、この世のものとも思われぬ軽やかな踊りを披露してくださいました。
舞曲ごとに、ルネサンス、バロック、バッハの譜例が準備され、それぞれの舞曲の特徴と変遷が、平尾さんの実演も交えて進められていきます。舞踊を踏まえることの大切さを再認識すると同時に、器楽的様式化の方位を尊重することも必要であることを教えていただきました。
バッハの組曲には、これがなんでサラバンド?といったようなケースが、後期に行くほどしばしば出てきます。隠れたサラバンドの特徴を探し当てることが肝要と考えて普段はそうしていますが、組曲の当該部分でバッハがあえてサラバンドから離れ、ファンタジーにあふれた緩徐楽章を展開していると見るべき部分もあるように思えてきました。
最後、平尾さんと小川さんの踊るメヌエットを見ながら私の脳裏に浮かんだのは、高校生のときのフォークダンスです。「あと4人で彼女」「さああと3人」というカウントダウン状況下で、気も転倒しているシチュエーション。しかも身体を動かすことが苦手ですから、うまくいくわけがありません。苦笑する彼女から「右!」「左!」と指図された屈辱の思い出が湧き上がり、踊れる人はいいなあ、とうらやましく思いました。
終了後、いつもながら優雅な平尾さんに「え~、これからどうされますか?」と恐る恐る訪ねました。すると、「私、すっごくお腹空いちゃったの!」とお答えになる、いいお人柄。いつもの「ガスト」に繰り出し、慰労の夕食を採りました。皆さんが威勢良くデザートをお頼みになるので、私も便乗しようと思い、「クリームあんみつ」と注文したところ、平尾さん以下の女性たちが爆笑。どうも踊りがからむと、笑われることが多いようです。
学期末 ― 2009年07月11日 11時54分55秒
とても疲れてしまっています。トシですね(笑)。いくつかご報告すべき筋があるのですが、それは元気が出てからとし、今日は、つなぎです。
いま学期末ですので、学生の発表会が続いています。大学院の歌曲専攻の中間発表会と、秋の「大学院オペラ」の試演会(ドン・ジョヴァンニ)を聴きにいきましたが、学生の勉強ぶりが手に取るようにわかり、それぞれの存在が、ぐっと身近に感じられるようになりました。多少無理をしても聴きにいくことが、論文指導にもたいへん役立つことに、あらためて気づきました。昔はまず行きませんでしたし、今でも、行かない分野がたくさんあるのですが・・・。
金曜日の楽しみであった歌曲作品研究の授業も終わりました。前夜大阪でコンサートがあったので(またご報告します)、朝6時の新幹線でとんぼ返り。最後なので学生の演奏希望者を募り、演奏に私とTA諸君の感想をはさむ形で進めたのですが、手を挙げる人が多く、時間内に収まりませんでした。歌いたい人がたくさん出てくるのはいいことですね。気持ちのこもった演奏が多かったです。たくさんの曲を引き受けてことごとく見事な伴奏だったYさん、ありがとう。
今日はこれから学会の委員会です。
カウントダウン2--よき日常の日 ― 2009年06月12日 22時30分15秒
今日、杜のホールはしもとでは、《マタイ受難曲》のゲネプロが行われました。明日は休みで、明後日は、いよいよ本番です。
私はゲネプロには顔を出さず、大学で授業をこなしました。「歌曲作品研究」はブラームスの番で、《日曜日》と《子守歌》を学習。《子守歌》は涙なくしては聴けないというぐらい好きな曲ですが、担当の学生とTAがよくやってくれて、感動とともに授業終了。毎日のように感動に触れられるのは、ありがたい職業だということですね。
午後は1年生、2年生の発表がずっと続き、これも、なかなか充実。放課後に行ったドクター論文の指導にも画期的な展開が見られ、嬉しい1日でした。これって、ツキを使っていますかね・・。
明日は武蔵野音大に場所を借りて、うちの博士課程で作曲・音楽理論を選考している学生、今野哲也君のトリスタン和声に関する発表があります(日本音楽学会関東支部例会、14:00から)。たいへん勤勉な学生で万全の準備を整えたようですから、参加される方、ご指導をよろしくお願いします。
カウントダウン7--方向音痴 ― 2009年06月07日 23時40分36秒
《マタイ》、今日は第2グループが、オーケストラ付きでリハーサルをしました。私は顔を出さず、昼は早稲田のカンタータ講座の最終回を行い、夜は急ぎの原稿。明日から、両グループの合同練習が始まります。授業の合間を縫って顔を出す形になりますので、本番がどんどん迫ってきてしまいそうです。
人間の土地勘というのは、どんな要素から構成されているのでしょうか。私はまったくの方向音痴で、われながら、自己嫌悪です。
昨日、芸大でのリハーサルを抜け出し、遅い昼食を食べに行きました。教室を忘れないようにしっかりチェックし、店を探しに上野駅の逆方向へ。そうしたらみつからないまま歩いて、地下鉄の千駄木駅のそばまで行ってしまいました。当然かなり時間を費やして戻ってきたわけですが、ちょうとそのタイミングでアルモニコ四重奏団の人たちと出会い、挨拶。そうしたらそれを聞きつけて来てくださったのが、さる大新聞の記者さんです。取材に来てくださったのはいいが、教室が変更になったのを知らず、迷子になっておられたのでした。
ちょうど良かった、とご案内したら、教室をしっかり忘れて到達できず、紆余曲折を経て、やっと到達。前夜のことを思い出しました。夜、上野で回転寿司を食べて新宿までお送りしたら、なんと、新宿駅西口から京王プラザホテルまでの道が、わからなくなってしまったのです。リフキン先生が英語の案内を見つけて、こっちだ、とナビゲートしてくれて助かりました。
これって、どういう能力なんでしょうね。何か、重大な欠落があるように思えます。
カウントダウン13--暗転 ― 2009年06月01日 22時17分30秒
6月ですね。さんざんな出発になりました。
まず夢が前例のないほどいやな、重い夢でした。ならず者集団が周囲に入り込み、拉致のような状態になってしまうのですが、その集団には、親友のドクターやロイヤーの顔があります。目がさめるとうっすら汗をかいている。ああ、これは夢だったのか、それなら良かった、と胸をなで下ろすまでに時間がかかりました。
連想したのは、シューマンが晩年に見た夢です。天使の美しい演奏を楽しみ、楽譜に書き取るほどであったのが、明け方にそれが悪魔に変わって、苦しめられること、はなはだしかったそうですね。昨夜私は「天使のピアノ」のCDを2枚聴き、授業のために、あの天国的に美しい〈めでたし海の星Ave maris stella〉の下調べをしました。このことと夢とは、関係があるのでしょうか。
急いで支度をして家を出ましたが、何か周囲が変なので、すぐに引き返しました。メガネをかけていないことに気がついたのです。ところが、どこを探しても、メガネが見つかりません。書斎、寝室、洗面所など、あらゆるところを探しましたが見つからない。まったく不思議です。「皆さんお揃いで、会議が始まります」という電話がかかってきました。「メガネが見つからないので・・・」というのは理由になるのか、ならないのか。
1時間探してあきらめ、つなぎでいいからどこかで買おう、と決心しました。今週は学会の講演通訳などもあり、メガネなしではとうてい乗り切れないからです。幸い、立川のある店が短時間で作ってくれることになりましたので、待つことしばし。午後の授業に遅れて駆け込むことができました。
「13」の数のめぐりに出現したこうした1日をどう解釈すべきか、考えていることろです。
相撲雑感 ― 2009年05月25日 23時03分44秒
相撲の人気は、やはり根強いですね。私も子供の頃ほどではありませんが、一定の関心をもって見守っています。
今場所印象的だったのは、日馬富士(えっ変換できました)対朝青龍戦。朝青龍が上手を取らせなかったのに組み手は五分五分で、上手を取ったところで外掛け成功。明らかに日馬富士の方が強い、という印象でした。白鵬に対しては、うまく先手を取れれば勝つ可能性がある、というぐらいの力関係かなと思われます。
モンゴル力士が席巻していてもあまり違和感がないのは、彼らの日本語のすばらしさによるに違いありません。このように教育すればこれだけ覚え、社会にも溶け込める、ということですよね。野球とは大違いです。たいしたものです。
ところで、日馬富士が稀勢の里戦で変化して勝ったことについて、批判が集中しているそうですね。でも、いかに上位とはいえ、軽量力士が変化することがそんなに悪いことでしょうか。クイズでひっかけ問題ばかり考えている私としては、インサイドワークも勝負のうちだと思うのですが・・・。
エンドレス・ループ ― 2009年05月23日 23時15分34秒
日常生活に、繰り返しはつきものですが・・。
今日は第4土曜、朝日カルチャー横浜校のバロック・シリーズの日です。折良く《マタイ受難曲》の番になりましたので、前もって資料も送付し、進行も決めておきました。楽勝、という雰囲気でした。
ところが、今日使うはずの素材をほとんど、6月の公演に出演される学生さんに貸していることに気がついたのです。さあ、弱った。横浜のHMVに駆け込む自分が想像されます。でもなかったらどうしよう。早く出るのもたいへんだし、お金だって、かけたくはありません。はい、日曜日とまったく同じパターンです。
救いは、学生さんが横浜の在住であること。メールを出してみるとすぐつかまり、今日ちょうど出かけるので預けておく、とのことでした。南武線で移動中に、カルチャーの担当者からも、「ご安心下さい」とのメール。おかげさまで気持ちが乗り、会心の出来映えになりましたので、回転でないお寿司屋で遅い昼食をして、帰ってきました。
幸運が重なり、ツキをまた、だいぶ使いました。どうも5月自体がツイているようなので、6月が心配です。
またご案内しますが、6月5日(金)の夜芸大で、リフキンの講演会があります。《ロ短調ミサ曲》に関する原稿を私が訳しますが、じつにすばらしい内容です。この作品に専門的な興味のおありの方は、時間を空けておいてください。
いったい誰? ― 2009年05月19日 21時40分05秒
イタリアンの話題を公開することには、若干の躊躇がありました。なぜなら、その美味を私とともに味わった受益者が2人いるわけで、その人たちが「いったい誰?」という詮索の対象になってしまう流れが考えられたからです。私の周囲にはお腹を空かせた若い人たちがたくさんいますから、思わぬもめごとが起こらないともかぎりません。まあでも、詮索も面白いですね。30代と20代の男女ひとりずつ、というぐらいのヒントにとどめ、あとはご想像におまかせします。
こんな話をするのも、「いったい誰?」という思いを、私自身が抱いているからです。最近よく書き込んでくださる「首位巨人」さん。自他共に許す控え目なお人柄と洗練された対話術をお持ちの方です。じつは、その知性からして同業者ではないかと思え、近くのある人を疑いました。でもそうではないようです。離れたところにおられる方ですね、きっと。
今までは、この手の仕掛けはアンチ巨人が巨人ファンに対してするものと、相場が決まっていました。しかし今は、巨人ファンがアンチ巨人に仕掛ける時代になったようです。う~む。それにしても、今日ご訪問がないのは、なぜなのでしょうか。心からお待ちしているのですが・・・。
危機管理 ― 2009年05月17日 22時15分30秒
事が起こったときにどう処理するか。人生においてその能力がとりわけ大切である、という認識のもとに公開するお話です。
土曜日は大阪でオペラ公演に立ち会い、宿泊。日曜日は早稲田の講座を済ませて帰宅するという予定で、あらかじめ、早稲田の講座を準備しました。カンタータと聖書の関係が2回目のテーマなので、第140番を採り上げよう。DVD(コープマン)の鑑賞から初め、私の『カンタータの森』の当該項目をテキストとして勉強し、2時間を費やそう、というのが当初の計画でした。
ところが、DVDを大学に忘れてきたことが発覚。もう取りに行けませんので、大阪の出発を早くし、石丸電気に寄って購入しようという計画を立てました。石丸の3号店でまとめ買いをした木曜日に、そのDVDが棚に並んでいるのを見ていたからです。ところが(2度目)、石丸に行ってみると、棚にそのDVDがありません。本店にも在庫なし。さあ、困ってしまいました。
CDは持参していたので、CDで予定通りやるか。あるいは新たに購入した素材を使い、カンタータから離れた講義をするか。どちらも望ましくないですが、最終的にはリクエストで決めることにし、とにかく探索に最善を尽くすことにしました。しかし残り時間が少なく、選択肢は限られています。
ともあれまず早稲田のセンターに行き、地下鉄を使って、高田馬場のムトウを往復することにしました。拙著のコピーを、スタッフに依頼しなくてはならなかったからです。全身に焦りと緊張がみなぎっていたことは、言うまでもありません。
ところが(3度目)、血走った目でセンターを出ると、安い食堂を探してふらふらと歩いている、なじみの顔があるではありませんか。齋藤正穂君です。私が喜んだのは、よく来てくれた、というのもありますが、それ以上に、しめた、これで2方向の店を探せる、と思ったからでした。
しかし、期待のムトウにもモノは見あたりません。そこでまさお君に新宿をあたってもらうことにし、私は大急ぎで早稲田に戻って、講義に入りました。つなぐことしばらく、新宿で発見、のメールが入り、さらにしばらくして、DVDはめでたく到着。講義の役に立てることができました。以前ならCDで何でもないのに、いかに視覚に頼るようになっているかに、われながら驚きます。
DVDを忘れたのは私の不注意で、ツキではありません。安い食堂を探していたまさお君と鉢合わせをしたこと、新宿の店にモノがあったことは、大きな幸運です。さらにツイていたのは、受講生の中に、私が購入したDVDと持参した拙著を引き取って下さる方があらわれたことでした。どうやら今日も、ツキを使いすぎる1日になったようです。
火曜日 ― 2009年05月12日 23時29分29秒
今年度の火曜日、今日の場合です。
第3・4限は、個人指導。博士課程最上級生の湯川亜也子さんに、フォーレの論文の指導をしています。今日はレルベルグという詩人の詩の解釈が中心となりました。え、フランス語大丈夫かですって?この指導があるおかげで、かなり思い出してきました。大学院の第2外国語はフランス語だったのですが、思わぬところで、役に立っています。もちろん至らぬところは、知人の助けを借ります。
第5・6限も個人指導で、修士課程の浅田直樹君と、モーツァルトの研究をしています。今日は風邪でお休みでしたので、リフキン氏から送られていた3通の論文をざっと読み、音楽学会の例会で使うものを決めました。「バッハの苦闘・私の苦闘」と題する、《ロ短調ミサ曲》校訂記です(きわめて高度なものです)。またご案内しますが、6月5日(金)の18:00から芸大で行う予定。英語の通訳はできませんが、発表原稿の日本語訳は、私がやろうと思います。
というわけでメールに返信していましたら、すでに第7・8限の時間。これは修士課程声楽専攻の学生の論文指導で、8人の院生が、次々とやってきます。今日は2人お休みで、計6人。全員が、オペラの専攻です。以上、火曜日は、個人指導が続くわけです。
終了後雑用をこなしているうちに、18:00になりました。火曜日のこの時間はバッハ演奏研究プロジェクトの時間なのですが、今日は外せない会議があり、仲間にまかせて、会議に出席。19:30近くにやっとiBACHコレギウムの練習場に行くことができました。今日は音出しなので全然まとまっていないだろうと思いつつ部屋に近づいたら、カンタータ第64番の合唱が、意外に引き締まった響きで聞こえてきてびっくり。2年目を迎えて、全然違うレベルのスタートになったと、指揮者の藤井宏樹さんが喜んでおられました。以上、今日の日記です。
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