《マタイ》公演総括(4)2009年06月27日 10時05分08秒

ようやく疲労が抜け、新しい気力が芽生えつつあります。総括も、そろそろ終わりにしなくてはなりません。

今回アメリカからは、ケンブリッジ・コンツェントゥスという、ボストンのひじょうに若いアンサンブルが来日しました。リフキン先生が顧問を務める団体ですが、驚いたことにリフキン先生の指揮で演奏するのは初めてとか。《マタイ》の演奏も初めてという人がたくさんいて、演奏に荒削りな面があったことは否めないと思います。それだけに、公演ごとに作品になじんでくる様子が伝わってきたことも事実です。

反面声楽は、テノール(ジェイソン・マクストゥーツ)、バス(サムナー・トンプソン)、ソプラノ(クララ・ロットソーク)の3パートに大物を揃えており、聖書場面の負担の大きい第1グループを、立派に支えてくれました。カンタータはともかく、受難曲でリフキン方式となりますと、キャパシティの大きな歌手がどうしても必要になります(とくにテノール)。人間的には、声楽、器楽を問わず、気持ちのいい、感受性に富んだ人たちばかりで嬉しかったです。女性の皆さんが揃ってきれいにしているのには、ちょっとびっくりしました。

解釈はリフキン先生におまかせしていましたが、演奏者が私の本を読んでいてくれたらずいぶん違うのになあ、と思ったこともあります。たとえば、アルトのレチタティーヴォ〈ああ、ゴルゴタ〉とアリア〈ご覧なさい〉が重要な転換点をなすという私の持論からすると、ここはもっと突っ込んで演奏して欲しいと思い、英語のレジュメを作りました。しかし唐突かなとも思われて、深追いはしませんでした。内幕の一端です。

というわけで、課題はたくさん残ったと承知しています。しかしリフキン先生の音楽のすばらしさと、リフキン方式の豊かな可能性(かならずソロ編成というのではなく、小編成の合唱にも応用可能だと思います)については確信をもちましたので、なんとか今回の成果を先につなげていきたいと考えています。長い目のご支援を、ぜひよろしくお願いします。