レス急増に当惑2009年08月08日 23時04分02秒

逮捕報道に見入ってしまい、時間を浪費しました。マネージメントとの関係とか、まだ話題が続きそうです。

「このような話題になると俄然レスが急増」(隠居老人さん)したわけですが、ありがたい反面、当惑しております。なぜなら、こうした話題は私、概して避けるようにしておりまして、いつぞやの「叱ってくれる人」という発言が出たおりにも、私は興味深く耳を傾けるのみで、自分からは口を閉ざしていたからです。いろいろなタイプの女性が周囲におられるため、発言は慎重にしているのです。

一度、今は亡き「ドルチェ」で、うっかり清純派の話題に踏み込んでしまったことがあります。周囲の反応は冷たく、しかも翌日には、その話が広く回っていました。少なくともこの件をリセットしないと、新たに論じられないのですね(笑)。

皆様の意見はたいへん興味深く、また含蓄が深いものです。ですから充分に整理してから態度表明したいと思いますが、とりあえず具体例の出ているものに対して、いくつか。

エマ・カークビーですか。気がつきませんでしたが、どんぴしゃりですね。声、人品ともに。マーガレット・オブライエンというのは『若草物語」の四女をやった人ですよね?中学生の頃見て、魅惑されたのを憶えています。ジュディ・ガーランドというのは、映画の冒頭で〈虹の彼方に〉を歌っている人でしょうか。あれは感動的です。

中三トリオについては、たいへん失礼ながら、タイプと美しさの両面でハードルを設けるとすると、該当者なしではないでしょうか。タイプの方はおられますが。

隠居老人さんの定義はじつに的確で、すでに考えておられたのではないか、と思うほどです。一点を除き、同感します。隠居老人さんの定義で脳裏に浮かんだのは、将棋の矢内理絵子女王(前女流名人)なのですが、いかがでしょう。

自分の傍らにいる歌い手さんを判定せよ、と強要(?)する方がおられます。有資格者と認めざるを得ませんが、隠居老人さんの定義とは、若干反するところがあります。このあたりが議論のポイントになるかも・・・。

私としたことが、取り乱して散漫な文章になりました。書きにくいんですよ(笑)。

〔付記〕この文章を読むと、困るから書き込まないでくれ、と言っているように見えますか。そうではないですよ。興味深い話題なので、どんどん書き込んでいただければ、私も、書きにくさと乗り越えて参加します、という趣旨です。遠慮なくどうぞ。

コメント

_ 柴田 ― 2009年08月09日 00時15分32秒

私もこういう話題はあまり得意ではないのですが(笑)、なぜか真っ先に...

例の3人組を例に出したのは、あれだけ性格の違う人たちが3人ほぼ同時に出てきて、あたかもお互いに補完し合っているようでいて、「清純派」という言葉にぴったりする人がいないという気がしたからでした。そのあたりについて考えることが「清純派」の定義を検討する上で役に立つのではないかと...

そもそも「清純な人」と「芸能人」って、相容れない存在のような気もします。芸能人になりたいと思う人が、果たして清純であると言えるかどうか... そういう意味で芸能人らしくない芸能人、あるいは清純を装っている人が「清純派」なのかも、とも思うわけです。

_ Clara ― 2009年08月09日 14時14分33秒

>皆様の意見はたいへん興味深く、また含蓄が深いものです。ですから充分に整理してから態度表明したいと思いますが、・・・・

このような文章を読むと、何事にも、真摯に受け止めて、誠実に対応しようとされる、I教授様のお人柄がよくわかり、つまらぬコメントをした自分が恥ずかしくなります。
ご専門に関連した記事などには、やはり、うかつにコメントは出来ないと思っていますが、今回のように、事件そのものではない、「清純派」のイメージ云々のようなことに関しては、好き嫌い、見方、考え方が、人の数だけ違うので、正解というのはありません。
まあ、書く方も読む方も、気軽に愉しんでいいのではないでしょうか。

それにしても、映画スターが文字通り空に輝く星のような、あこがれの存在だった時代に比べると、隣に住むお姉さんが、すぐにテレビの有名人になってしまうような手軽さの反面、私生活まで全部さらけ出されてしまう今の「スター」達は、作られたイメージを保つのが難しくなりましたね。

_ REIKO ― 2009年08月09日 21時44分05秒

「清純」ではなくて「清純派」と「派」が付いているところが、議論?のポイントみたいな気がしますね。
つまり実際に清純なのかより、周囲からそのように「見られて&思われているか」が問題なのでは?
「清純派タレント」とは言っても、「清純タレント」とはあまり言わないのは、その辺が理由かと思います。

舞台に立つような人、メディアを通じて知る人は、素の姿がわからないので、私たちは演出された「派」を楽しむことができるわけです。
でも普段身近にいて、ある程度私生活などもわかっている友人・知人だと、たとえどんなに清純な人であっても「派」は付けないと思います。

_ N市のN ― 2009年08月09日 23時10分32秒

REIKO様
同感です。
「清純」という言葉なら、性別も関係なくなりますね。
「あの人は清純な人」「あの人は清純派」前者は褒め言葉で、後者は皮肉ですね(笑)

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