「リフキン方式」の効果、一側面 ― 2009年06月17日 12時36分16秒
昨夜、杜のホールの第2回公演が終わり、アメリカ側の全員と日本側の歌い手が、大阪に向けて出発しました。18日(木)がいずみホール公演です。よろしくお願いします。
演奏をどう評価するかは別として、聴いてくださった方がどなたもお感じになるのは、今回の《マタイ受難曲》が今までの《マタイ受難曲》とまったく違って聞こえる、ということだと思います。「リフキン方式」の生み出す効果の本質が、ようやく見えてきた、ということでしょうか。
それは、群衆の合唱の効果が、一般の公演よりはるかに印象的だ、ということです。《マタイ受難曲》を聴くときに、群衆の合唱に重要性を置いておられる方は、おられますか?私自身、あまり置いていなかった、というのが正直なところです。ところが、2つのグループの「合唱」がソリスト、すなわちアリアを歌う人の集合、という形で演奏されてみると、たとえばプロのソリスト対アマチュアの合唱団、という形に比べて、群衆合唱の生命力、そこでバッハが駆使しているポリフォニー技法といったものが、際立って感じられるのです。いつしか、群衆の合唱を楽しみにしている自分を発見します。
具体的に2つの箇所を挙げますと、第36曲「言ってみろ、キリスト、お前を殴ったのは誰だ?」の二重合唱と、そこから「誰があなたをこんなに打ったのですか」のコラールが湧き上がる部分。もうひとつは、有名な「バラバ!」の叫びです。減七の和音が量ではなく質として表現されることにより、ここの効果は「怖い」ものになっています。どうぞお聴き逃しのないように。
《マタイ》週間に突入 ― 2009年06月15日 09時31分53秒
おかげさまで、《マタイ受難曲》の最初の公演が終わりました。打ち上げがあり、アメリカ側の方々とかなり飲みましたので、今朝はやっと起きた、という感じです。追ってご報告いたします。
〔追記〕 演奏に関しては、私が自分から論評するより、皆様の感想を待ちたいと思います。ここでは、周辺情報を若干。
はじめ主催者から、最後にステージに出て、ひとこと挨拶して欲しい、というオファーをいただきました。挨拶は無用と思い辞退しましたが、公演の始めなら挨拶もありかな、と思い、迷い始めました。しかし演奏の全容があらわれてくるにつれ、まっすぐ聴いていただけばいいだろうと気持ちが固まり、やらないつもりで現場に行きました。
そうしたら、主催者が、冒頭の挨拶はぜひいただきたい、と勧めてくださるのです。たしかに、公演の打ち出しが私の「バッハの宇宙」シリーズ最終回という形になっていて、そのお客様がかなりを占めていることが想像されましたので、蛇足の懸念を抱きつつ、挨拶させていただきました。私としたことがかなり緊張し、言葉が乱れました(笑)。
終了後、安い居酒屋で打ち上げ。肩の荷の下りたところで、よい国際交流ができました。アメリカの若い音楽家たちは皆日本に興味津々で、ガイドブックを覚えるほど読み、とりわけ食事を楽しんでいるようです。
カウントダウン1--清くやさしい乙女から ― 2009年06月13日 23時17分06秒
武蔵野音大での学会。今野哲也君、落ち着いた立派な発表でした。高度に専門的な内容のプレゼンテーションがよく整理されていて、国立音大の評価にも貢献してくれたと思います。
ピアノで試奏される《トリスタン》の和音を聴きながら、ワーグナーの和声はなんと美しいのだろうと瞑想。昔柴田南雄先生のところで和声を習っていたとき、よくワーグナーの分析の課題が出たのですが、この1音がなければ説明できるのに、というようなところが多かったのを思い出します。響きはまったく明瞭で表情に富んでいるのに、理屈で説明しようとするとうまくいかず、学者がいろいろな説を出して100年以上も論争している。芸術と学問の関係の、ひとつの典型でしょう。
学会を途中で抜け出して、橋本へ。すっかり準備のできた、しかし音楽家は誰もいない杜のホールで、字幕の確認と手直しをしました。第1部の最後のコラール合唱曲の「清くやさしい乙女から 私たちのために誕生された」のところへ来ると、私はいつも感動を覚えます。明日、この箇所をどんな気持ちで聴くことになるのでしょうか。
今回は2つのグループの峻別が重要なコンセプトなので、第1グループ、第2グループ、両グループ合同の3つを、3種のフォントで区別するように工夫してみました。字幕の操作をしてくださるのは、国音の卒業生で、私の「歌曲作品研究」を受講していた方だそうです。さあ明日。出演者の皆さん、がんばりましょう。
カウントダウン3--練習10時間 ― 2009年06月11日 23時24分56秒
今日は、練習の最大の山場になりました。
第1グループ、第2グループの全員が揃い、始まったのが朝の10時。18年ぶりに、英語の挨拶をしました。断続的な休憩を挟みながら進む練習は、今日初めて計画よりもじりじり遅れ、終わったのが夜の8時。スケジュールは9時半まで組まれていましたので、これでも早く切り上げたのです。第1グループのテノール(マクストゥーツ)はエヴァンゲリストを兼ねていて歌いっぱなしでしたから、一番たいへんだったと思います。
しかし丁寧な練習のおかげで演奏の密度、完成度、両グループの連携は格段に進み、ある程度のラインには到達したのではないかと思います。少し自信が芽生えてきていますが、もちろん判定は、お客様に委ねなくてはなりません。明日、ゲネプロが行われます。
余談をひとつ。いまマスコミを賑わせている話題は、日本郵政社長の続投問題ですよね。このことの背景とか、くわしい事情とかを私は知りませんし、どちらが正しいかを判断することもできません。しかしひとつだけ確かなことは、自分が正義だと言い、善人だと言って他人を追い詰める人にろくな人はいない、ということです。私の一番嫌いな言動です(ルカ福音書を読め!)。
カウントダウン4--「上から」でなく ― 2009年06月10日 22時10分56秒
リフキン先生のレッスンは、「くにたちiBACHコレギウム」に属する6人の歌い手に対して、各1つの(レチタティーヴォ+)アリアを指導する形で行われました。チェンバロ伴奏と通訳を大塚直哉さん、ヴァイオリンのオブリガートを大西律子さんに付けていただいて進めたのですが、大塚さんの英語通訳は完璧無比のすばらしいもので、私がやらなくてよかったと、胸をなでおろしました。さまざまの意味で、大塚さんのお力なくしては成立しえない、今回の企画です。
リフキン先生の指導は、指揮者にありがちな「こう歌え」という「上から」のものではなく、「下から」といいましょうか、演奏者の内側から、その人自身の温かい音楽を引き出すことを目指して行われました。こう書くと何でもないようですが、これは驚くべきことで、私見によれば、じつに感動的なことであると思います。
まず通して歌わせたあと、曲ごとの問題を投げかけて、歌手に考えさせる。どうすべきかの案が出されるとそれを実践させ、それに対する評価を、歌手自身に行わせる。そして、「いろいろ変えて歌ってみてください」と要求してその場でヴァリアントを試させ、どう歌うべきかの考えを、歌い手自身の内に育てていく。こうして、バッハと演奏者を接近させ、両者の間に、人間的な共感を作り出していくわけです。
最後に千葉祐也君が、〈来たれ、甘い十字架よ〉を歌いました。このアリアでは、峻厳な付点リズムを繰り返す器楽(ガンバ)と優美な歌のラインが、交わらすに進んでいきます。そこである小節を例にとり、「甘い」の言葉を2つのヴァリアントで実験しました。イエスに倣う意思を押し出したヴァリアント(千葉君が最初に提案したもの)と、音色をやわらげて「甘い」にこだわったヴァリアント(リフキン先生がサジェストしたもの)です。その結果、「甘い」を的確に表現することで、音楽がいかに効果的になるかが確認され、満場が納得。意欲と品格を備えた千葉君の歌も、いちだんとすばらしいものとなりました(彼は実演のユダです)。
時間を惜しまず、忍耐を惜しまず内なるものを育てようとするリフキン先生の姿勢に接するうち、私の心には、これほどの音楽家といっしょに音楽できる幸せがあふれてきました。そして、このような方向性が「リフキン方式」の本質とまったくひとつであることに、あらためて思い当たった次第です。
カウントダウン5--マスタークラス ― 2009年06月09日 23時53分10秒
リフキン先生のマスタークラス、驚くべきすばらしいものでした。たくさんのことを学びましたが、ちょっと体調を崩してしまったので、明日更新します。演奏してくださった方々、聴講してくださった方々、ありがとうございました。
カウントダウン8--感動の初練習 ― 2009年06月06日 23時14分24秒
学会講演は、私個人としてはもっとも緊張を要するものでした。しかし全体として考えれば、本当に重要なのは今日です。なぜなら今日芸大で、第2グループ(日本側)の最初の声楽リハーサルが行われたからです。日本側の演奏をリフキン先生がどう受け止めるか、また、しっかり噛み合った練習ができるかどうか、事前には予測できませんでしたので、さまざまに異なる結果を想定しながら、練習に赴きました。
お人柄を反映したなごやかな練習の過程で、今回の《マタイ受難曲》がどんなものになるかが見えてきました。それは、荘厳な《マタイ》でも強烈な《マタイ》でもなく、思いやりのある、やさしい《マタイ》です。先生が要求することの中心は、音楽が自然な流れをもつこと、言葉が明晰に、会話のように生かされること、お互いがよく聴き合って、自発性のあるハーモニーを作ることなどでした。そうすると本当に、見違えるように美しくなってゆくのですね。細部までていねいに吟味されてゆく練習に立ち会いながら思ったのは、この公演でステージに乗る4人の歌い手は、なんと幸せな人たちなのだろう、ということでした。
いい始まり方をして、ある程度の自信が出てきました。第1グループ(アメリカ側)の歌手たちも、今日、元気に来日です。
カウントダウン18--セミナー第2回 ― 2009年05月27日 23時30分38秒
今日から、《マタイ受難曲》初日に向かってのカウントダウンを始めます。話題はいろいろになるでしょうが・・。
今日は、初演の場である「杜のホールはしもと」の視聴覚室で、2回用意されたセミナーの第2回がありました。日本側の演奏者たちがリーダーの大塚直哉さん以下出演しましたので、早々とキャンセル待ちとなる盛況でした。
流れは、次のようなものでした。まず演奏のコンセプトについて、私があらためて解説。次いで、4人の歌い手(小島芙美子、坂上賀奈子、中嶋克彦、小藤洋平)によって、〈受難コラール〉の4度の出現を比較。コラールは、第1グループと第2グループが合体して歌う部分です。
休憩後は4人のアリア(すなわち第2グループ担当の曲)を聴き、そのあとは壇上に並んだ演奏者たちと一緒に、客席と質疑応答をしました。演奏者の方々に話が集中することを予期していたら、次々と出る質問は作品の核心に触れたものばかりで、私がほとんど応対。やはり、セミナーにいらっしゃる方は違いますね。それでいて、演奏を好意的に聴いてくださっているのが嬉しいところです。
今回の公演では、バッハのパート譜に従って、ユダ+祭司長1に1人、ペトロ+カイアファ+ピラト+祭司長2に1人、専用のバス歌手を立てます。担当してくれる千葉祐也君、狩野賢一君と今日初めて練習しましたが、闘志盛んで、なかなかの出来映え。セミナーにも華を添えてくれました(華じゃないと思うが、まあ華としておきましょう)。これおをよい機会として、盛り上がっていきたいと思います。ありがとうございました。
おお、リフキン方式! ― 2009年04月26日 23時24分36秒
昨年の学会の折、会場の売店で、《マタイ受難曲》の1742年バージョン(最終上演版)というのを買いました。しかしだいたい予想がつくので、それっきり今日まで、机の上に積み上げたまま。今日、片付けのついでに鳴らしてみて、びっくりしました。
冒頭合唱曲の前奏がほとばしるような勢いで終わると、歌い出したのは第1グループも第2グループも、さらにはコラールも、ソロではありませんか!そう、完全なるリフキン方式なのです。この指揮だれ、と思って確認すると、ジョン・バットという、一昨年の「ロ短調ミサ・シンポジウム」で活躍していた人。ファイナル・コンサートもこの人の指揮で、生気にあふれた演奏でした。
マクリーシュ盤だけじゃなかったんですね。リフキン方式の演奏は確実に増えつつありますが、ついにここまで来たかと、感慨を覚えました。6月のコンサートに、背中を押されたような気分です。このCD、歌い手のドイツ語発音など難点もありますが、なかなか面白いです。火曜日のバッハ演奏研究プロジェクトは私の講演ですから、そこでご紹介しますね。
夢のタイプ ― 2009年04月13日 22時11分47秒
日曜日は須坂へ。うらうらと暖かく、桜が満開、にもかかわらず周囲の山が終日すっきり見えている、という最高の環境のもと、講演会を開きました。2ヶ月に1回の会ですから、次回の6月は《マタイ受難曲》の本公演。私もそれを意識し、前半を《マタイ》における「ペトロの否認」場面の解説、後半を《ヨハネ受難曲》における同場面との比較、最後をリフキン方式の長所や狙い、といった形で構成しました。熱心な会員に支えられて、とても気持ちの良い会に。夕食のあとは、善光寺で桜を見物しました。ずいぶん、ツキを使いましたね・・・。
講演の前にはいつも、「すざかバッハの会」会長、大峡喜久代さんの挨拶があります。大峡さん以下、スタッフは今《マタイ受難曲》の準備に奔走しておられるのですが、その一環として、2階席を解放し、学校の生徒たちを招待する企画が用意されているそうです。
大峡さんは、その2階席が少年少女たちで一杯になっている夢を見たと、生き生きと話されました。正夢になれば、すばらしいですね。
このお話を伺った時、私はじつは、少なからぬ違和感を抱きました。なぜなら、こういういい夢、お金が欲しいときに宝船がやってくるといったタイプの夢を、私は一度も見たことがないからです。私が見るのは、宝箱を空けようとしたらどうしても鍵が見つからないとか、やっと開いたら中は髑髏で一杯だった、というタイプの夢ばかりで、夢というのはそういうものだと思っていました。
同行したまさお君は、私の夢は悲観主義のなせるわざだといいます。宝船タイプの夢を見られる方も、世に一定数おられるのでしょうか。にわかには信じがたいのですが、皆さん、いかがでしょう。
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